第3話 いってきました異世界転生

「これでよし、っと」

 無骨な石畳の上に綺麗な赤色の魔法陣が完成した。エレノアが指先についた赤い染料を拭いながらこちらを見る。

「準備できたわよぉ」

 エレノアの合図に僕はアリサと目を合わせた。彼女は眉間に皺を寄せてこっちを見ている。


「……本当にこんな方法でうまくいくの?」

「う、うん、僕の考えが間違っていなければ、ね……」

「頼りがいはないけど、アンタが勇者として呼ばれたのだから、ひとまずは信用してみるわ」

 アリサは真っ直ぐな瞳でこちらを見つめながら言った。ここへ来てから彼女の怒った顔しか見ていなかった気がする。あんな顔を見せられたら、応えないわけにはいかない。

「よし、じゃあ、行こう」

 僕たちは地下道の石畳の上を二人で駆け出した。




 標的はあっという間に喰い付いた。というか、相手からしてみればこちらが標的にほかならないのだけれど。

 壁や床を大げさに叩きながら走る僕らを、魔王はすぐさま感知したらしい。遠くの方で響いていた衝撃音が、どんどん近づいてくる。それは壁を壊しながら最短距離で向かってきている。

「来るわよ!!」


 それが合図かのように目の前の壁が弾けるように砕けた。

 史上最悪の悪との二度目の邂逅。

 アリサが剣から爆裂系の攻撃魔法を放った。

 見事命中して爆発音が轟くが、魔王の身体は無傷だった。

 だが、これは予想通り、ただの牽制だ。

 僕とアリサは予定通り逃げだした。

 魔王は大きな咆哮の後、追いかけてきた。

 背中で感じる恐怖の気配で体中に寒気が走る。けれど足を止める訳にはいかない。

 僕たちは追いつかれないように、一心不乱に足を動かし続けた。

 そして、魔王の爪が僕たちを捉える寸前、遂に目的の地点に到達した。

「エレノア!!」

 全速力で潰れそうな肺をしぼりあげるように、エレノアの名を叫んだ。


 物陰から白いローブの召喚士が踊り出る。

「はいはーい」

 エレノアの手の平から白い光が放たれた。

 その瞬間、地面の赤い魔法陣が光り輝く。その魔法陣の真上には――魔王がいる。

「我の呼び掛けに応じ、顕現せよ!」

 魔法陣の上、魔王と重なるように現れたのは、巨大な岩だった。

 魔王の肢体を包みこむ程に大きい巨岩。それが魔王と同じ地点に出現した。

 ――うまくいけ!

 そう願いながら、僕は祈るように巨岩と重なった魔王を見る。

 そして、僕の予想通りそれは始まった。


 同化――いやこの場合、石化と言った方が正しいか。

 昔のゲームで、テレポートした先が壁だったら、壁と同化して全滅してしまう設定があった。僕は召喚されてこの世界に来たけれど、ゲートや扉を介していないということは、この世界の何も無い空間に異世界からテレポートしてきたことと同じはずだ。

 もしその場所に岩でもあれば、岩に同化していたかもしれない。ならば逆に、生物がいる空間に無理やり岩を召喚――テレポートさせてきたらどうなるのか? なんの確証も無い賭けだったけど、どうやら僕はその賭けに勝ったらしい。


 最初は足掻いていた魔王も、今やすっかりと岩と同化してしまって、爪の先まで無機物と化してしまっている。

 そして、アリサが呪文の詠唱をする。爆裂魔法を帯びた剣を振り下ろすと、先程まで魔王だった岩は粉々に砕け散った。

 かくして、魔王バルドーラの討伐は成し遂げられたのだった。




「すごい、すごい、! やったわ。やったわ、私たち!」

 歓喜のあまり興奮したアリサに抱きつかれた。ちょっと前の彼女なら考えられない行動なのだけど、それだけ嬉しいのだろう。けれど僕には女の子の抱擁を味わう余裕は無く、ずるずるとへたり込んでしまった。魔王を相手にした命がけの追いかけっこの疲労が身体を襲ってきたのだ。

「うまくいったわねぇ」

 エレノアも砕け散った岩を見ながら、爽やかな笑みを浮かべている。

 僕の方は疲労を通り越して、凄まじい虚脱感が襲ってきた。なんだか魂が抜けてしまいそうな感覚。


 ふと、自分の手の平を見てギョッとした。指の先が透けて消えそうになっている。見てる間にもどんどん手が消えていく。

「わ、わ、き、消えてる。手が消えてる!」

「あー、効力が切れたのねぇ」

 エレノアがいつもの口調で言う。

「効力?」

「そうよぉ、魔王討伐のためにアナタを召喚したのだから、もうお役御免なのぉ。だから召喚魔法の効力が切れたのね~」

「ぼ、僕はどうなるんだよ! まさか、死んじゃうのか!?」

 慌てる僕の身体は益々透き通っていっている。手だけでなく両足も床が見えるくらいに透けている。

「うーん。大丈夫よぉ。元の世界に戻れると思うわ。……多分」

「多分って!」

 その時アリサの抱擁が強くなった。彼女の顔を見ると、魔王討伐の喜びから一転、憂いに満ちた表情となっていた。

「アリサ?」

「本当にありがとう。勇者がアナタで良かったわ」

 涙を滲ませて笑う彼女の笑顔は美しく、今まで見たどの笑顔よりも輝いていた。それを見て僕はこの世界に来た意味を実感した。

 僕も何か言い返そうとしたけれど、視界を光が覆い尽くして、何も見えなくなってしまった。




 気づくと僕は、いつもの教室で、いつもの制服を着て座っていた。

 そして、今からまさに期末テストが始まるところだった。

「あー異世界転生したい」

 隣の席の友人が言う。

 僕は思わず苦笑いを浮かべた。

 あんまりいいものじゃ無いんだけどな、そう思いながら僕は応えた。

「あー、それいいな」

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ダンジョンで魔王から逃走中のパーティに召喚されて異世界転生しました サワキシュウ @sawakishu

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