第2話 なんでいま異世界転生

 幸いなことに追手からは逃げおおせたようで、僕らはまた地下道の片隅に隠れた。

「見たでしょ、あれが魔王よ。魔王バルドーラ、史上最悪の悪よ。アレを倒さないことには、私たちの世界に未来は無いわ」

 アリサが低い声で告げた。その冷たい声音に僕も息が詰まる。

「そうねぇ、こうやって逃げ回るのも限界があるから、さっさと倒して欲しいわねぇ」

 エレノアが僕に視線を向けながら、相変わらず呑気な口調で言う。


「そんなこと言われても……呼ばれて、訳もわからないのに、いきなり魔王を倒せって言われても……特別な力だって、そんなものあるのかも分からないのに……」

「そうやって泣き言を言っても何も解決しないわよ」

 僕がなんとか紡ぎだした言葉も、アリサにバッサリと切り捨てられた。

 その言い草に僕も少しカチンと来た。そして、先ほどからずっと頭にあった疑問をぶつける。


「そ、そもそも! なんで今なんだよ!? なんでもっと前に召喚しないんだよ? 普通、もっと安全な街の中とか、討伐の準備の段階で召喚するだろう。なんで、魔王の前で勇者を召喚するんだよ!」

 その言葉でアリサとエレノアは凍りついたように固まった。そして、二人ともゆっくりと僕から視線を逸していく。

「え、何? なんで目を逸らすの?」

 問いかける僕に二人は応えない。だが、アリサとエレノアは二人の間で必死に目配せをしている。やがて、何かしら決着がついたのか、エレノアが大きくため息をついて、口を開く。


「忘れてたのぉ~」

「…………は?」

「だからぁ、出発前に勇者を召喚するのを、忘れてたのぉ」

 相変わらず呑気な口調でびっくりすることを言うエレノア。

「……忘れてた? え、なんで?」

 顔を引きつらせながら僕は問うた。にじみ出るこの感情は多分怒りだ。

「出発前って色々と忙しいじゃない? だからパーティ全員がすっかり忘れちゃってたのぉ。てへ」

「てへ、じゃねぇえ! なんでだよ、史上最悪の悪に挑むのに、どうやったら勇者の召喚を忘れることができるんだよ! それに、弁当忘れたみたいに軽く言うな!」

「あ、お弁当は忘れてないわよぉ」

「そこじゃなぁい!」

「あぁぁぁあ、男のクセにうるさい! 忘れたもんはしょうがないでしょ! 勇者は最強なんだから出発前に呼ぼうが、魔王の前で呼ぼうが一緒でしょうが! アンタはガタガタいわずにさっさと魔王を倒せやー!」


 怒り心頭に発してる僕に、逆ギレをかましてきたのはアリサだった。彼女は僕の胸ぐらを掴んで、噛みつきそうに顔を近づけてきて叫ぶ。魔王を凌駕しそうなその迫力に僕の怒りの火は掻き消えてしまった。

 だから嫌だったんだ、異世界転生なんて。これなら苦手な数学のテストを受けてる方が百倍マシだ……。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いてぇ」

 エレノアが僕とアリサの間に割って入りながら仲裁に入る。エレノアの緩やかな空気はアリサにも効いたらしく、眼光は鋭いままだが、僕の胸ぐらの手は放してくれた。

「とりあえず、喧嘩してもしょうがないのだからぁ、一緒に魔王を倒す方法を考えましょう」

 淑やかな所作で両手を合わせながらエレノアが言った。


「そ、そうね、言い争いをしてる場合じゃ無かったわ。……というかアンタ、本当に何の力も無いわけ?」

 落ち着いた真面目な表情でアリサが問うてきた。

 僕はもう一度、自分の身体を眺める。そして、手の平を開いたり閉じたりもしてみたが、魔力やら闘気みたいな不思議な力は全く感じない。

 でも自分では感じないだけで、実際はすごい力が宿っているのかもと、近くの壁を殴ってみた。でも結果として壁は無傷で、僕は拳を痛めただけだった。

「駄目だ。何の力も感じない」

 呆れる表情のアリサ。しかしその横でエレノアは興味深そうに僕を見ている。

「うーん、持っているのは武力じゃないのかもぉ~」

「どういう事?」

 訝りながらアリサはエレノアに問う。

「人の資質が武力だけで決まらないみたいに、勇者としての資質が武力じゃないのかもしれないわぁ」

「でも、武力、戦う力が無ければ魔王は倒せないわよ。それとも勇者だから、勇気が最大の武器とでも言うの? その勇気さえもありそうには見えないのだけど……」

「でも、魔王討伐の鍵を握っているのは、間違いなく彼よぉ。だってそうじゃなきゃ私の召喚で呼ばれるはずがないものぉ」


 僕はエレノアの言葉を頭の中で反芻する。武力以外の資質……今の僕に魔王に対抗するような資質があるのだろうか?

 他の同級生よりもゲームや小説が好きなだけで、何の取り柄も無い僕。見た目も普通で運動も苦手だ。アリサが言うように魔王に向かっていく勇気なんてものも持ち合わせていない。そんな僕が魔王を倒す勇者として召喚された理由ってなんだろう。


 ――ん? 召喚?

 考え込んでいると、ふと自分が召喚された場面が脳裏に浮かんだ。地面に赤い魔法陣が描かれていて、そこに僕は立っていた。何か閃きの前兆のようなものが頭の中で点滅している。

「あのさ、僕が召喚された時ってどんな感じだったの?」

 僕の質問に二人は目を見合わせる。

 口を開いたのはアリサの方だった。

「どんな感じって、とんでもなく弱そうなのが出てきたって感じよ?」

「あぁー違うって、僕の印象じゃ無くて、出てくる時の感じだよ。えーと、何かゲートとか扉みたいなものが開いて出てくる感じなのか――」

「――何も無い空間に生えるって感じよぉ」

 応えてくれたのはエレノアだった。

「空間に……生える……」

「そ、ゲートってのはよく分からないけれど、扉とかが開いて出てきはしないわぁ。アナタの実体がそのまま何も無い空間に出現するのぉ。これで答えになってるのかしら?」

「ああ、うん……」


 僕はそれだけ言うとまた思索にふける。僕の身に起こった現象を冷静に分析した。そして、召喚された時にエレノアが言っていたこと――。

「エレノアって何でも召喚できるんだよね?」

「ええ、そうよぉ」

 僕の問いにエレノアは鷹揚に応える。

「でも、アナタを呼ぶだけでほとんどの魔力を使っちゃったから、もう大したものは呼べないわぁ」

「何よ、アンタまさか、別の勇者を召喚しろってでも言うつもり?」

 アリサは僕の考えを先読みしたつもりみたいだが、僕の考えは違う。僕が召喚してほしいのは別にあるのだ。

「エレノア、召喚して欲しいのは――」

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