新人声優のノート 【お題 日記】

 どうも、学生業の傍ら、声優をさせてもらっている者です。……といっても、まだまだ駆け出しの新人なんですけどね。


 ところで皆さんは、日記を書いたことはありますでしょうか。


 はい、その日あったことを書いたり、夏休みの宿題とかであった、あの日記です。


 私は日記……というか、ノートならあります。

 なんでもスポーツ選手の中には、その日思い付いたことや気付いたこと、上手くできたことや失敗したことなど、その日の練習や試合であったことをノートに書く方がいるそうです。そうして情報を整理することで、反省したり新しいアイディアを閃いたりと、次に役立てているそうです。

 ですので私も、声優を目指して養成所に通い始めたあの日から、その日思ったことや気付いたことをノートに書いています。

 友達には「それってもう日記では……?」と言われましたけど。……そうですね、言われてみれば、ほぼ日記ですね。



 そんなわけで私は今、ほぼ日記的なノートを書いています。どこでも売っている、普通のノートです。

 はい、実は今日はあるアニメのオーディションを受けさせていただいたんです。それでその時に気付いたこととか、失敗したこととか、失敗したこととか、失敗したことを、ノートに書いています。


 ………………はい、失敗しました……。


 はい、今日はスタジオで、音響監督の方などのスタッフさんの前で台詞を話すという、たぶん皆さんが一番想像するであろうオーディションだったんです。他には録音したテープを送って審査される場合もあります。

 それでですね、最初はまあ、自分としては順調だったと思います。……本来受ける予定だった役柄に関しては。はい、オーディションってですね、その場の指示で予定になかった別の役を演じることもあるんですよ。プロである以上できませんとは言えませんし、そもそもこれはチャンスでもあります。

 ですので気合を入れました。元々気合が入っていたのに、更に。……はい、噛みました。最初の台詞で。あとはもうパニック状態です。辛うじて指示を聞ける程度の冷静さは残っていましたが、そのあとは言われるままに台詞を喋った記憶はありますが、正直ちゃんと喋れていたのか、良い演技ができていたのかは、自分ではわかりません。そんな余裕はありませんでした……。


 ですのでそのことを今、ノートに書きました。はい、こうして書き出してみると、


 ・気合が入っていたのは良いけど、余計な力が入っていたかもしれない

 ・予定にない役柄を指示されて、平常心ではなかった

 ・台詞を噛んだ動揺を、その場で立て直すことができなかった


 と、あの時の自分ではわからなかった、問題点を炙り出すことができました。……見事にメンタル的な問題ばかりですね……。

 ……仕方ないじゃないですか、パニック状態で演技的なことはよく覚えていないんですから。……あ。


 ・気合を入れるのは良いけど、自然体でいることも大事

 ・予定外、想定外の事態でも、すぐに切り替えて冷静に

 ・役に集中するのも大事だけど、自分の演技を客観的に把握するのも大事


 はい、今思い付いたことを書きました。とっさの思い付きですが、今後の課題が見えてきました。

 こうして書き出すと情報が整理されて、自分の中にストン、と吸収されていく感じがします。今後の目標が見えて、気分が少し上向きます。

 ……それはそれとして、自分のダメさ加減を突きつけられて、とても気分が落ち込みます。諸刃の剣ですね……。


 はあ……。




 そんな落ち込んだ気分を引きずったまま迎えた、ある日の学校のお昼休み。



 以前、気分が落ち込んだ時どうすればいいか相談したことがあるのですが、事務所もマネージャーさんも先輩方も、「一番簡単なのはお酒だけど。あなた未成年だしね……」「仲の良い友達とお酒ですね」「お酒ね」「酒」と、皆さん、満場一致で同じ答えが返ってきました。しかもそのあとは決まって「未成年じゃ無理か」です。大人って……。

 ええ、後半二つは学生の頃から活躍されている先輩方のお言葉なのですが、「でもそうか未成年か……学生か……若いっていいなあ……」「いい? もしあなたが大人になってお酒を飲む機会があったら、その時は絶対に、絶っ対に目覚ましをセットしてから飲むのよ? でないと……」と、なんだか闇の深そうな呟きが漏れ出したため、お礼を言って失礼させていただきました。……大人って大変ですね。


 お酒に関しては真似できませんが、以前経験のないお仕事の不安と緊張でどうにもならなかった時に、友達と何でもないやり取りをして緊張が解れた経験があるのと、マネージャーさんの意見を一部参考にして、今は仲の良い友達と、他愛もないお喋りしながらお昼ご飯です。


「そっか、なるほどー」


 はい、ダメでしたー。


 何でもない話をして気分転換を図るはずが、落ち込んだ様子の私に気付いた友達に「話せる範囲で話してみて?」と言われ、洗いざらい吐き出してしまいました。はい、完落ちです。でもちょっとスッキリした、かな? 刑事物の作品で、何故か最後に全てを自白してしまう犯人の気持ちが、少しわかりました。


「まあ、チャレンジした結果の失敗は仕方ないよ。ドンマイドンマイ。切り替えて次行こう」


 自作のお弁当をパクパクと食べながら、そう励ましてくれる、空ちゃん。普段は朗らかな彼女ですが、たまにこうして体育会系な発言をします。ちなみに彼女は文化部です。


「問題がわかっていて傾向と対策も考えているのなら、あとは同じ失敗をしなければいい」


 購買で買ってきたメロンパンをモグモグと食べながら、そう理知的なアドバイスをしてくれる、えるちゃん。ちなみに彼女は予習復習をほぼしません。


「お仕事に関しては詳しいことはわからないけど、でも私は、ひよちゃんはすごくがんばってると思うよ?」

「でもがんばるのって普通じゃない……?」

「んー……私も料理した時のレシピをノートに書いたりするけど、毎日じゃないし、上手くいったのしか書かないし」

「みんながみんな、普通にがんばれる訳じゃない。でもひよりは、もう少し肩の力を抜いてもいいと思う」


 と、私が声優として努力していることを知っている彼女達が励ましてくれる。うう……二人とも優しい……。


「それにそうやってノートに書いてるんだから、次の時は大丈夫だよ」

「そう。人事は尽くした。あとは天命を待つだけ」

「次……次かあ……」


 次……。……声優にはですね、査定というものがあったります。事務所が所属している声優と契約を更新するかしないか、の判断をするんです。プロスポーツ選手で例えるなら、人気や実力があって成績を残した選手は当然、契約延長となりますよね? でも、そうでなかった選手は……? もうおわかりですね? はい、声優も同じです。

 私は新人ですがおそらく幸運なことに、元子役で同じ事務所の天宮カレンちゃんとユニットを組んで、音楽活動やラジオ番組をさせていただいているので、今はいくつかのお仕事を一緒にさせていただいています。でもそれは、実力も経験もあるカレンちゃんのおかげです。つまりこの先、私が声優を続けられる保証にはなりません。

 ……そういえば以前、カレンちゃんに「あなたは真面目でがんばり屋だから大丈夫」って言われたっけ。あれはどういう意味で言ったんだろう? ……彼女はいつも、言葉足りない。


 ……うん。反省するのも大事だけど、すぐに切り替えて冷静に、自然体も大事、ってノートにも書いたしね。私には、こうして励ましてくれる友達もいる。それに新人で駆け出しの私は、結局はがんばることしかできないんだし。…………よし!


「うん、二人ともありがとう。元気出た!」

「どういたしまして、だよ」

「ひよりは笑ってる方が良い」



 と、その時、私のスマホに着信が。誰だろう……マ、マネージャーさんだ!


「……も、もしもし晴野です」

「晴野さん、今大丈夫ですか?」

「は、はい、大丈夫です」


 な、何だろう? お仕事の話だよね……?


「この前のオーディションの結果なのですが……」


 その言葉を聞いた瞬間、心臓をギュッ、と、掴まれたような錯覚に陥る。


「……受けていただいた役は、残念ながらダメでした……」

「そ、そうですか……」


 その言葉に、やっぱり……という、ほんの少しの安堵と、心の全てを黒く塗り潰すかのような、酷い落胆に見舞われる。


「……でも、別の女の子役で採用されました。おめでとうございます♪」


 ……ん? ……べつのおんなのこやく? さいよう?


「……え? う、受かったんですか……?」

「はい、何でも晴野さんのあたふた感じが、その役のイメージにぴったりだったそうで」


 それって私がテンパってた時のことですよね?


「……では、詳しい話はまた後ほど。失礼は

「あ、はい。あ、ありがとうございました!」


 受かった……? 受かったって言ったよね……? …………受かった!


「受かったの? おめでとう!」

「努力は報われる、かは分からないけど、ひよりはがんばった。そして受かった。おめでとう」


 私の様子を見て事情を察した二人から祝福されて、ようやく……心が震えるような歓喜が、実感と共に湧いてくる。


「…………あ、ありがとうっ♪」


 怪我の功名とか、努力の結果とか言えば聞こえはいいかもしない。ただの偶然かもしれない。それでも、私は、確かに一歩、進んだ気がした。



 これから声優として、どうなるかはわからないけど。


 嬉しいことも、苦しいことも、たくさんあると思うけど。


 それでも。


 あのノートを、一冊でも、一ページでも、一行でも多く書けるように。


 私はこれからも、がんばっていこうと思う。

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色とりどりの日常 ーKAC2022短編集ー 明里 和樹 @akenosato

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