1-4・提案
先程の俺の行動と言動は、客観視すれば愛の告白かそれに類するものに見えたらしい。なるほど、アピールが熱烈すぎたことは反省点だ。しかし俺の目的はあくまで明崎さんの探偵としての自尊心の育成であり、下心があったわけでは断じてない。このことを彼女にどう説明すべきか悩んでいると、そのうち明崎さんは戻ってきた。
「失礼しました……大丈夫です……」
そう主張する割には目が合わない。
「大丈夫?」
「大丈夫です!」
少々食い気味に断言すると、明崎さんは「事件についての話が途中でしたね」と仕切り直すように言った。
「ええと……どこまで話しましたっけ」
ポンコツ化している。
まさかそんなにもダメージを与えていたとは。俺もまた相応のショックを受けてはいたが、挽回できないほどではない。仕切り直すためそれとなく「屋上に、紐を使ったトリックが仕掛けてあった可能性について話していたんだったね」とフォローを入れてみる。
「そう、そうでした。紐を使ったなんらかのトリックを仕掛ければ、屋上に立ち入ることなく河渡さんの頭上にコンクリートブロックを落とせるかも、という話でしたね。でも、こればかりは現場を見ていないのでなんとも言えません。写真だけだと、これ以上の推理はできないでしょう」
賢明な判断だ。
「なので、もう少し状況の整理を続けましょう。河渡さんの話によると、今回の事件では怪我人が二人出ています。河渡さん本人と、不運にも近くを通行していた男性です。こちらの男性は、たしか、河渡さんに声をかけたことで今回の事件に巻き込まれているのですが……」
ここで、明崎さんは一度言葉を切って少し考えるような仕草をとった。
「その……河渡さんの口振りが気になったんです。巻き込まれた男性はこのとき、河渡さんに道を聞こうとした……それで巻き込まれた、らしい……みたいな、ちょっと曖昧な言い方でしたよね?」
明崎さんの問題提起に、俺は河渡の言葉を正確に思い出す。それはあらかた事件当時のことを尋ね終わり、そういえば一緒に怪我をした男性はそもそもなぜ河渡に声をかけたのかという話になったときのことだ。
「道を聞こうとした……らしいんです」
河渡の言葉に、明崎さんは「らしい?」とさらに質問を重ねた。
「その人と直接話したわけじゃなくて……ただ、警察の人がそう言ってたんです。『この男性はあなたに道を聞こうと呼び止めたと証言していますが、その認識で合っていますか?』って。私は、その……実はあまり、なんて声をかけられたのか覚えていなくて。急いでいたし、知らない男性に声をかけられると、その、怖いですし……、何を言われたのかあまり聞こうともせず、無視してその場を離れようと……していたので……」
「なるほど……」
特に責めるでもなく頷く明崎さん。河渡は、そんな明崎さんの様子に少し安堵した様子で言葉を続けた。
「道を聞かれただけなのに、怖がって、無視して離れようとなんかして、その人にはちょっと悪かったかな。その人が声をかけてくれなかったら、ブロックが、その……当たってたかもしれないですし」
河渡はそう言って、微かに震える手でカフェオレのグラスをとり、ストローを口に含んだ。まるで恐怖する自分を落ち着けるように。
回想するに、明崎さんの言う通り巻き込まれて怪我をした通行男性の目的がいまいち曖昧だ。そもそも肝心の河渡が半分男性恐怖のような状態なのだから、一言一句正確に覚えろなんて要求は酷にしても、道を聞かれたという状況設定が本当かどうか疑わしい。最悪、男がそう言い張っているだけとも解釈できる。明崎さんも同じ考えに至ったようで「ストーカーに協力者がいた場合はどうでしょう」と発言した。
「協力者によって河渡さんを一定のポイントに誘導し、何らかの合図で屋上前のストーカーが紐を切る。そうやって河渡さんを殺害しようとした、とか」
「単独犯じゃないかもってことかな?」
「可能性はあります。でも、もちろんこの推理にも問題点があるんです。一つ目は、協力者が協力しない可能性です。ストーカー殺人を手伝ってくれ、なんて言われて協力するような人、普通はいないですよね。二つ目は、もし協力の約束を取り付けたとして、協力者がコンクリートブロックに巻き込まれる可能性があることです。最悪、目標を誤って殺害してしまうこともありえます。そんな状況だとますます協力者が現れるとは思えません」
もっともな推理だ。そして俺も、人間を殺すためのトリックは売っていてもその実行を手伝ってくれる友達まで売っているわけではない。
「と……今できるのはここまででしょうか。トリックも、犯人も、まだまだ全然わかりません」
ため息をついて、明崎さんはすっかり冷めてしまったミルクティーを飲み干した。いわゆるお手上げというやつだ。これ以上の推理は、現段階では難しい。
俺は右手首に巻いた腕時計を確認した。現在時刻は、午後六時過ぎ。春の空はまだギリギリで明るさを保っている。今から向かえばちょうどいい。俺は会計用の伝票をそれとなく手にしながら「このあと、もう少しだけ大丈夫かな?」と聞いてみた。
「え? あ、もうこんな時間……」
明崎さんはスマホで時間を確認したあと「もうしばらくは大丈夫ですよ」と答えた。
「明崎さんさえよかったら、今から現場に行ってみない? 写真じゃなくて、君の目で直接確かめるんだ」
「現場……河渡さんの住んでいるアパート、ですか……」
明崎さんは少し考えたあと「わかりました。行きましょう」と言って、伝票を取ろうとしてすでにそこには無いことに気が付いた。俺は「決まりだね」と手にしていた伝票を彼女に向けて見せ、レジに向かった。
背後で財布を出そうと慌てる明崎さんを横目に、店員にスマート決済での支払いを宣言する。
「お会計ッスね。じゃあ、ここにスマホをかざしてもらって。……お兄さん、後半はうまく持ち直してよかったッスね」
レジを担当する金髪ピアスの店員は、俺に向け屈託なく笑った。
「あ、ま、待ってください! お会計、別で……!」
「あー、すんません、もう会計終わっちゃったんで……」
食い下がる明崎さんをまったく相手にせず、店員の男は俺に向けウインクした。なるほど、華を持たせてくれるらしい。
「行こうか、明崎さん。急がないと暗くなっちゃう」
「う、わ、わかり、ました……えっと、最寄り駅は向こう、ですね……」
「いや、もう少しここで待とう。タクシーを呼んだからすぐ来るよ」
「えっ!? い、いつの間に……!?」
「ふふ」
アプリ一つでタクシーが呼べる時代サイコー。
などともちろん口には出は出さず、やがてやってきたタクシーに明崎さんを案内すると、俺たちは現場へ向かうのだった。
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