第1話 異世界転生

 どうやら転生したらしい。シズルは自分の臉が開いたと同時に理解した。


 今の状況は分からないが、温かい何かに包まれている。


 見上げれば、母親らしき女性が優しげな笑顔で微笑んでいた。


 赤ん坊だからか、生前に比べて視力が安定しない

が、紛れもなく我が子を愛おしく思う瞳だ。


 家庭環境には恵まれた転生をしたらしい。


 そのことにホッとして、周囲を見渡す余裕が出来た。


 視界は若干ぼやけているが、かなり多くの人間に囲まれているのがわかる。


 ついでに、豪奢な祭壇の上にほとばしる真っ赤な炎も見えた。


 それがまるで神に生贄を捧げる祭壇にも見えて、何もかもを飲み込むその炎が、シズルには少し恐ろしく思える。


「さあ私の可愛いシズル。生まれてから六カ月。ようやく人として認められた貴方は、これからフォルブレイズ家の一員として、火の精霊の加護を受けるのよ」


 優しく抱き上げてくれている母親らしき人はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと祭壇の階段を登っていく。


 母らしき女性の言葉と行動に、嫌な予感がした。


 ーーいや、ちょっと待って欲しい。まさか、まさかと思うが...


 嫌な予感がしたシズルは大きく声を上げようとするも、赤ちゃんの身では言葉を発することなど出来ず、全て泣き声に変換されてしまう。


「あらあら、シズルったら、火の加護を受けられるのがそんなに嬉しいのね。そんなに喜んじゃって」


 ーー違う、違うからちょっと待って。喜んでない、喜んでないから!助けて雷神様ぁぁぁぁぁ!


 そんなシズルの抵抗むなしく、母親らしき人は祭壇に燃える紅い炎の前に立つと、そのままその炎の中にシズルを放りこもうと構えをとった。


「火の精霊様......我が子に心温かき祝福を......」

「あぶぅぅぅ! あぶぶ! あぶ! あぶぶぅぅぅ!

あぶううううううううう!」


 一一駄目だって! これ絶対温かさ超えて熱いっ

て!待って! ちょっと待って! 燃えちゃうから

熱いから炎に近づけるの待ってえええ!


 なお、これが異世界に転生したシズルの、生まれて初めて発した絶叫である。


 せっかく転生させてもらったのに、まさか一日も生きられないまま、しかも母親によって殺されるなんてあり得ない。

 

 これでは最強の魔術師になるという決意も何もないではないか。

 そう焦ったシズルは己が赤ん坊であることを忘れ、思わず大声で天に向かって泣き叫ぶ。

 

 瞬間、それまで快晴だった空が一瞬で暗く染まり、雷雲が頭上を覆う。そして一ー激しい光が空を奔った。


「あら?」


 炎の中にシズルを放り込もうとしていた母は空を見上げる。周囲で祭壇を囲っている人間たちも、そしてシズルも同様だ。

 

 つい先ほどまで快晴だった空は今は見る影もなく、太陽は隠れ暗い闇の世界が広がっている。


 不吉な空だ、とシズルは思った。


 雲の奥からゴロゴロと鳴り響く音は次第に大きくなっていき、近づいてくる。それはまるで、自分達を狙っているのではないかとさえ錯覚してしまう。


 ーーこの音は......雷だけじゃない?


 激しい轟雷の音が近づくにつれ、その中に別が混ざっていることにシズルは気付く。


 それはまるでゲームなどで聞く、巨大な魔物の雄叫びのようで一ー


「な、何.....?」


 シズルを大切に抱えた母は、人としての本能なのか、体が震えが止まらないでいた。柔らかい身体とはいえ、力強く抱きしめられてしまえば苦しさもあるが、それ以上に空から迫ってくる『何か』に恐ろしさを感じているシズルもまた、自然と体を母へと寄せてしまう。


 ーーそして、その『何か』はすぐにやってきた。


「そんな......ま、まさか!」


 周囲にいる誰かがそう叫ぶ。その声に釣られるようにシズルも空を見上げる。


 まず最初目に映るのは、鋼鉄の鎧よりも頑強そうな漆黑の身体。


 表面を覆う鮮は刃物のように鋭く、触れれば人肌などズタズタに引き裂かれることだろう。体長は優に+メートルを超え、体の一つ一つのパーツが恐ろしく大きい。その鋭い爪を振るわれれば人など簡単に挽肉となり、大きな牙によって噛み砕かれるに違いない。


 さまざまなゲームや漫画、そして小説を読んできたシズルだが、その『何か』はーードラゴンと、そう表現する以外になかった。


「グオオオオォオオオオ!」


 大地を揺るがす激しい咆哮と共に、黒く巨大なドラゴンは尊大な態度でゆっくりと地上へ降りてくる。


 ーーいやいやいや......はっ?


 それがドラゴンを見た、シズルの感想だった。


 転生先がファンタジー世界とは理解していたつもりだが、一番最初に目にした魔物がドラゴン。しかも明らかにゲームなどではラスボス級の風格を持った、ヤバそうなやつ。


 いくら憧れの異世界であっても、思考が停止するのは仕方がないことだろう。


 しかもである。明らかにドラゴンの目線はシズルを捉えていた。

 

 あのドラゴンは、生後半年程度の赤ん坊を敵としてみなしているのだ。


 ーーつ、なんで俺を!?


 そう理解した瞬間、ドラゴンが殺意を向けてシズルへと咆哮する。


「グオオオオオォォォォオオ!」

「あ、あ、あぶ、あぶぶぶぶうううー!?」


 恐怖に思わず叫びまくるが、それはシズルだけの話ではない。


 周囲の人間たちもまた、突然現れたドラゴンを前に呆気にとられ、そして一拍置いて事態の最悪さを理解する。


「ど、どどど、ドラゴンだー!」

「し、しかもあんなにデカいのなんて物語でも聞いたことねぇよぉぉおお!」

「ひ、ひぃぃぃいい! に、にげろー!」

「こ、こら逃げるな! システィーナ様を! シズル

様を守れぇぇ!」

「ち、畜生!グレン様がいてくれれば!」

「馬鹿野郎っ! いくらグレン様が英雄だからって、主をこんな化物の前に連れ出せるわけねえぇだろ!

お、俺たちだけでなんとかするんだよぉ!」


 祭壇の周りに集まっていた人々から恐怖の叫び声が上がる。まるで阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 シズルもまたそんな人々同様ドラゴンに恐怖に飲み込まれ、泣き叫ぶ。


 そんな中、シズルは震える腕で恐怖を押し殺しながらも、己を優しく抱きしめてくれる母の存在に気が付いた。


「あぶー! あぶぶぶぶー!」

「.....大丈夫......大丈夫だからね」

「あ、あぶー?」


 腕だけではない。声も震えている。それでも一生懸命守ろうとする強い意志と温もりを感じ取ったシズルは、段々と落ち着きを取り戻し叫ぶことをやめる。


 あのドラゴンがどういった存在かは分からない。なぜシズルを狙うのかもわからない。ただ、異世界に転生したばかりのシズルでもわかる。あのドラゴンは人間など簡単に噛み千切り、蹂躙出来る存在だ。


 あのドラゴンはーーこの場にいるすべてを破壊出来る存在だ!

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チート転生! あかり @akari20110603

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