チート転生!
あかり
プロローグ
「あれ?」
三上静流は会社の帰り道、運が悪く落雷に当たって死んだ。
そう思っていたのだが、気がつけば辺り一面真っ白な空間にいて不思議に思う。
目の前には白い髪を刈り上げた、和服を着た強面の老人が頭を下げている。
「すまんかった。」
「.......あの。状況が全く理解出来てないので謝られても困るというか。俺は落雷で死んだと思ったんですけど、ここはいったい?」
顔を上げた老人は頭をガリガリとかきながら、気まずそうに目をそらす。
「あー、その……ワシは雷神なんじゃが、腹立つ事があったから地上に雷を落としたら、なんかお主に当たってしもうた」
「腹が立ってって……」
思わず顔が引きつる。自分が何か悪事を働いた結果の天罰ならともかく、これはあんまりではないだろうか。
正直言って、声を大きくして文句を言いたい。言いたいが、相手は神。しかも機嫌一つで落雷を落とすような感情的な相手だ。迂闊な一言が大惨事を呼ぶかもしれないと思うと、何も言えななった。
「わかる!わかるぞ!そりゃお主からしたら理不尽極まりない出来事じゃからな!」
そんな静流の態度に雷神は手を前に出し、何度も頷く。
「そこで、物は相談なんじゃが、お主、異世界に行ってみんか?」
「い、異世界.......?」
雷神の言葉を一瞬理解出来なかった静流は呟き、そしてまさかという気持ちが一気に膨らんだ。
「雷神様!」
「うお!なんじゃ急に大声出して!」
「もしかして、俺が住んでた世界以外にも世界ってあるんですか!?てかぶっちゃけ聞きます!剣とか魔術とかがある、そんなファンタジー異世界とかあるんですか!?」
静流にとってラノベや漫画、アニメは数少ない趣味だった。特に異世界転生や転移ものなどは大好きなのだ。
そしてこの流れは、これまで静流が見てきた物語に近い気がする。
「どうなんですか雷神様!?」
「お、おお.....お主自分が殺されたって聞いた時は戸惑ってた割に、ずいぶん食いつくのぉ」
興奮したように詰め寄る静流に、雷神は思わず一歩後ずさる。それに気づいた静流は、ようやく自分のテンションがおかしくなったことに気づき、頭を下げる。
「あ、その.......すみません.......」
「ああいや、謝らんでええ。まあしかし、どうやら興味はあるようじゃな」
「う.......その、はい。正直凄い興味あります」
両親は社会人になった頃に他界しているし、恋人の一人もいない。見たい小説や漫画、アニメは多々あれど、流石に死んでしまったことを後悔するほどの物はなかった。
それよりも、転生という言葉に静流は逸る気持ちを抑えきれない。もはや、殺された、という真実など意識から飛んでいる状態だ。
そんな静流に雷神は苦笑する。
「最近はあまり人に関わってこんかったが、神に向かって妙に偉そうなやつがいるかと思えば、お主みたいなやつもおるんじゃな」
「か、神様相手に偉そうにするって、何様ですかそれ?」
「さあの?ワシも他の神に聞いただけじゃが、信じられん時代になったもんだわい」
もしかして異世界の王様かなにかになるんだろうか?などと静流が思っていると、雷神がこれまでとは違った真剣な表情になる。
「今回の件、間違いなくワシに責任がある。だからこそお主の魂をここに呼んだんじゃ」
その言葉に、静流のないはずの心臓が再び飛び跳ね上がる。
「.......否でもさすがに、そんな都合のいい話が──」
「お主には特別に殺してしまった詫びとして、ワシの加護をくれて転生させてやるわ!」
「っ──!」
声にならない、とはこのことだろう。夢にまで見た異世界転生。しかもいきなり放置されるようなきつい奴ではなく、神様のチート(お墨)付きでの〝チート転生〟だ!
オタク気質な静流は喜ばずにはいられなかった。
「で、でも神様にもルールがあるんじゃ!」
「ふん、ルールなんてクソ喰らえじゃ!そもそもそんな細かいルールを神が決めたって、あんな自由なやつらが守るわけないじゃろ!」
「いや、それは知らないですけど」
まぁ確かにギリシャ神話などをみていれば、一般的な道徳やらルールなんてあってないようなものである。とはいえ、自分を転生させることで雷神様に何かデメリットが発生するのであれば、流石に申し訳ない。
「ほう、この状況でもワシの心配をするとは、お主中々できた男じゃのぉ......ワシの部下にならんか?」
「それは光栄なんですが、出来れば異世界転生したいという気持ちが.......」
「くっくくく、わかっとる分かっとる。さっきの反応見りゃ一目瞭然じゃからな」
神は愉快そうに笑うと、何も無い空間から剣と杖が表紙になった本を渡してくる。
強面の顔には随分につかわしくないファンシーな表紙だが、話の流れからこの本には、これから天生する世界について書かれているのだろう。
静流は受け取った本を読み始める。
貴族がいて、冒険者がいて、王国があって、数多の種族や魔物がいる。本を読むうちに、静流はだんだんと自分が物語の主役になったような錯覚を覚え始めていた。
───俺は、この世界で新たな人生を歩くんだ。
ふと、前世について思う。もっと子供の頃から何かをやっていれば、自分でもプロになれたんじゃないかな? 『特別な人間』になれたんじゃないか?
人生をやり直せる。普通に考えれば、それだけでも十分なチートだというのに、さらに神様からの加護まで貰えるという。
静流はこれまで見てきた物語を思い出す。
幼いころから魔力を使い続けて世界一の魔力量を誇るようになる。動けない分、毎日精密な魔力コントロールを行って鍛える。
特に静流が一番好きな流れは、主人公が強くなって世界最強クラスの強敵達をも倒していくバトル物だ。
さらに可愛いヒロイン達に好かれたり、周りから信頼されたり、憧れの対象となるといったハッピーエンド物など、何度夢に見た事か。
「なりたい.......」
静流は思う。自分もそんな物語の主人公のような、最強の魔術師になりたい。ファンタジーの世界で、憧れの対象になりたい。
雷神から受け取った本を読めば読むほど、異世界のことを知っていけば知っていくほど、そんな気持ちが強まっていく。
「俺は、最強の魔術師になりたい!」
そして──
「うむ、じゃあ達者での」
「雷神様もお元気で。行ってきます!」
本を読み終わった静流は、異世界へ行くために用意された転生陣の上に乗っていた。
すぐに転生陣から激しい雷がほとばしり、光り輝く。そしてその光が一気に吹き上がると、その先には誰もいなくなっていた。
「.......まったく、偶然殺してしまったなどとい嘘に簡単に引っかかりおって、単純すぎるじゃろ.......あれじゃあこの先が心配じゃわい。とはいえ、もはや賽は投げられた」
一人になった雷神は急に深刻な表情をすると、ドカっと胡座をかいて座る。そして、どこからともかく取り出した酒を飲み干しながら転生陣を見て───
「頼んだぞ.......静流」
そう呟くのだった。
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