青きドレスのバーテンダー

オオワシが詩人

第1話:青いドレスの店主





 ここは都会から離れた小さな街にある小さなバー。


 店内からガラス越しに空を見上げると、雲一つない夜に浮かぶ三日月がはっきりと見える。

 見上げている女性は、後ろに束ねた黒く長い髪と赤い瞳、そして赤い眼鏡が店のオレンジの照明に照らされる。

 年齢は若く、体は少し細身で、黒い仕事用の制服を着ていた。

 彼女は目を夜空から店内に移すと、カウンター席に座る三人の客と、カクテルを作る一人の女性が見えた。その女性の上、天井に設置された大型のテレビに目を向けると、アニメが放送されていてかなり大きな音量で流している。

 アニメは「戦士」と呼ばれたキャラクターが剣と魔法を使って、「悪魔」と呼ばれる人ではない物と戦っている内容だ。

 CGで作られた迫力ある映像は、黒髪と赤い瞳の彼女を数十秒ほど釘付けにする。


 彼女はそれを見て思い出すことがある。

 化け物とか悪魔とか、漫画とかゲームなどのフィクションの世界のものだと思っていた、と。


「――イオリ」

 黒髪の彼女は名前で呼ばれて、意識をテレビのちょうど下のバーカウンターへと向ける。

 その名を呼んだ女性は、長い金髪と、青い瞳、青いドレスに身を包み、十字架のネックレス、ダイヤの形のアクセサリーを身に着けている。


 この青いドレスの女性が、イオリと呼ばれた女性にとっては、別の世界を見せてきた人物だった。






 ――数年前のことだ。


 高層ビルが立ち並ぶ都会で、街全体が見下ろせるほどの高さにあるビルの中の会議室に、スーツを着た男女の若者たちが座っている。


「陸奥唯織(ムツ-イオリ)さん」。

 名前を呼ばれた女性……黒く長い髪と、赤い瞳と赤い眼鏡が特徴の彼女は「はい!」と大きな声で返事をする。

 白いテーブル越しに座っている男性二人は書類を見ながらイオリの学歴について質問する。

 これは就職活動の面接で、イオリは緊張した顔で面接官と話を進めていく。


 数時間後に面接が終わって会社を出ると、イオリが取り出したスマートフォンに表示される時計はすでに17時を過ぎていた。緊張感から解放されたイオリは、面接の結果がどうなるのか気になりながらも、多くの人とともに駅へと歩いていく。

 一時間ほど電車に乗って自宅の最寄り駅に降りたときは、月が昇り、あたりはすでに暗くなっていた。

 自宅までの帰り道、面接の合否が気になってしかたがないため、不安な気分を少しでも和らげるために遠回りの散歩をすることにし、周囲には家もなく通り過ぎる人もめったにいない川に面した公園にいく。自販機が目に映ると、甘いものを飲んでリラックスしようと小走りで自販機の前まで行き、ペットボトルの炭酸ジュースを買ってベンチに座った。

 一口ジュースを飲むと「はぁ……今日も緊張した、いつ内定もらえるんだろ……」とつぶやく。

 就職活動で会社に出向いて面接ばかりの日を送っている彼女の身も心も、就職が無事にできるのかどうかという不安から疲れ切っていた。スマートフォンを見ると、過去に送られてきた”不採用のメール”を見てためいきをつき、肩をがくりと落とし深く落ち込んだ。

 こんなときは甘いものを飲むに限る、と思いながらジュースを口に含んだときだ。

 ガサガサ、という音が背後からしたのだ。

 その方向を見つめると、しばらく手入れがされていないであろう、大人の身長並みに伸びきった雑草と複数の木があり、その奥は柵で区切られ川があり、その川の中から人のようなものが出てきたのだ。

 わずかに公園の街灯に照らされたそれは、全身青色で人間の大人程度の身体の大きさだが、尻尾がある。顔はトカゲで、手には太い棒のようなものを持ち、革製であろう茶色の胸当てをつけた者が三体ほど出てきたのだ。

 それをみた彼女は不気味さを感じたが、何か着ぐるみや作り物を身に着けた人だと考えた。だがそんな人が川の中から人がでてくるなどということなど、まずないだろう。明らかに怪しいと感じると、ベンチから立ち上がって公園の入り口の方向へと向く。

 しかし、ゆっくりとそのトカゲのようなものが近づいてくる。

 こんな生物がいるはずがない、これは中に人が入っていて――。

「な、なんですかあなたたちは」

 そうイオリが一言いうと、先ほどまで座っていたベンチの前にたったトカゲのようなものは、その一言に何の反応もしなかった。

 だがイオリの目の前に立ったそのトカゲのような者は、持っている棒を高く振り上げ、彼女めがけて振り下ろしたのだ。イオリはとっさに避けたが、棒が当たった木のベンチはバキッという大きな音を立て、先ほどまでイオリが座っていた部分が粉々に破壊されてしまう。それをみた彼女は、トカゲのようなものが着ぐるみや作り物とは思えない青い皮膚、自由に動く尻尾、そして物を破壊するほどの怪力から、目の前にいる者たちが人ではないことと、自分を本気で殺そうとしていることがわかると、だんだんと彼女の心が恐怖に支配され、逃げなければ、という考えが脳裏に浮かんだ。

 すぐにバッグを片手に持ってトカゲの化け物たちから走って逃げる。それを見たトカゲの化け物たちはイオリを逃がさんと、執拗に追いかける。

 しかしイオリはおどろいたせいもあってか足腰に力が入らず、さらに就活用のヒールでは思うように走れない。徐々にトカゲの化け物達がイオリとの距離をつめ、ついには追いついた化け物がイオリの腕をつかんで投げ飛ばしたのだ。

「――きゃああああああああ!!」

 人の身長以上の高さに投げられたイオリは悲鳴を上げ、地面に落ちて転がり、身体の痛みと目の前の化け物への恐怖で動けなくなってしまう。 




 ――あのときは本当に怖かったんですけど……この街にはヒーローがいて。


 過去を思い出すイオリが見つめるのは、バーカウンターにいる青いドレスの女性。

「イオリ? 何をぼーっとしてるの? サボり?」

 青いドレスの女性は、微笑みながらイオリに一言言った後に、すぐに手元を見ると、シェーカーを傾けてグラスにカクテルを注ぐ。

「い、いえ! そ、そんなサボりだなんて!」

 イオリは慌てて否定する。


 ――この青いドレスのバーテンダー……お店のマスターが、私にとってのヒーローなんですよ。


 




 イオリが化け物に投げられた後、地面に伏したまま目の前まで迫ってくる化け物を見つめるしかなかった。

 恐怖と痛みで体に力が入らず思うように動けない。

 化け物が再び棒を振り上げたそのときだ。

 バンッ! と何かが炸裂したような音がイオリの耳に響く。

 それと同時に、目の前の化け物の身体が背中から地面へ倒れ、胸から青い炎を噴出している光景がイオリの目に映る。

 青い炎は化け物の全身に燃え広がり、やがて燃えた身体はチリとなって消えていく。

 そしてもう二度ほど、同じ炸裂音がしたあと、化け物たちが再び青い炎に焼き尽くされていく。


 イオリが炸裂した音の方向を見ると、青いドレスを着て、身長の半分以上はある長い銃を持った女性が立っていた。その女性の着用する黒いハイヒールがコツコツという音を鳴らし、しゃがみこんで倒れているイオリの手を取ると、青い瞳でイオリの身体を確認し、「大きな怪我はしてないかな」と言って、ほっとした表情でいた。



 ――このとき、私が働くこのバーの店主と初めての出会い。店主だから、みんな”マスター”って呼んでるんですよ。


 

 しかしすぐそばの川から再び化け物たちが飛び出して、走って二人へと向かってきたのだ。

「歩ける? 歩けるなら逃げなさい」。

 ドレス姿の女性がイオリにそう言うと長い銃を構えて狙いを定める。

 月の光と街灯が、長い金髪と川から出てきた化け物たちを目立たせる。

 銃の照準器を見る青の瞳が的確に化け物をとらえ、放たれる弾丸が容赦なく体を食い破っていき青い炎で焼却していく。化け物どもが次々と川から出てこようとも、彼女は顔色を変えることはない。

 化け物どもが頭や体を次々撃ち抜かれ、彼女に近づいても青い炎をまとった足で腹を蹴られてひるめば、その隙に銃床で顎を殴られて骨を砕かれ、口を手で押さえながら痛みにもだえている間に、彼女は長い銃を回転させて銃口を化け物の手に押し付けてから引き金を引くと、放たれた弾丸は手から頭へと貫通する。

 化け物が棒を背後からふりおろしても、まるで後ろに目が見えているかのように彼女はその攻撃を横に一歩だけ動いてかわし、避けた瞬間に持っている長い銃の銃口は瞬時に化け物に向けられ、腹に弾丸を撃ち込んだ。



  ――映画やゲームの戦闘シーンを見ているようで……銃を撃つし、炎は青いし、見ている光景が信じられなくて……。でも確かに私は、そのヒーローに助けられたのです。



 そして最後の二匹となった化け物が敵わないと感じたのか、川の方向へと走って逃げていくと、彼女は再び長い銃を構えたそのときだ。

 青い炎が彼女の全身を包み燃え盛る。

「――地獄ではなく、天国へ行けるよう祈りなさい」

 照準器が化け物を捕えた瞬間に引き金を引いた。


「さようなら――」


 冷たい言葉と共に、銃から放たれた弾は、瞬時にして青い炎の軌跡を残しながら直進し、逃げる化け物の背中へと当たる。当たった瞬間に爆発して大量の青い炎を周囲にまき散らし、二匹とも跡形もなく消してしまう。まき散らされた青い炎も化け物と共に一瞬にして消えていく。

 それを見た青いドレス姿の女性は、周囲を見て化け物がいなくなったことを確認すると、イオリのそばにしゃがみこんだ。


 倒れたまま戦闘をすべて見ていたイオリの体は固まっていた。

 これは夢だ、きっと夢だ。

 イオリが混乱してるとき、青いドレスの女性が「……立てそう?」と声をかける。

 気にかけてくれるその銃を持つ女性を見たあと、痛みと疲れと混乱からか、イオリの意識は徐々に遠のいていった。





 イオリが過去を思い出しながら働いていると、いつのまにか閉店時間となっていた。


「またのご来店を!」

 イオリが客を見送ると、店のドアを閉めて掃除をはじめる。そして青いドレスの女性に振り向くと、一言話しかけた。


「今日は変なお客さんがいなかったですね」

 青いドレスの女性は顔をムッとさせてから返事をする。

「なんか変なお客さんが来るのが楽しみって言い方ね」

「いやーだって、酔っ払いが左右にふらつきながらマスターにいきなり「酒持ってこい!」ってめちゃくちゃ大きな声で言うところとか見てて面白いじゃないですか!!」

「私は何も面白くない!!」

「そのあとマスターが酔っ払いを投げ飛ばすところとか、女性らしさが無くなるのも見てて面白いです!」

 イオリがそのときの一本背負いの動きをマネすると、青いドレスの女性はそのときのことを思い出し、顔が少し恥ずかしさからか赤くなったあとに「ちょっと黙りなさい!」と言ってイオリの頭にチョップをすると、イオリは「いでっ!」と言って頭を押さえた。





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