第3話




 とは言っても、そこはゲームの世界でもなければ夢の国でもない。

 いくら魔法が使えるといっても、人を生き返らせるなんてことはできるはずもなく、つまり死んでしまえばこの地球に帰ってくることはできない。

 だからこそ、人を襲うなんてことは何があってもやってはならない。いわば幻想領域ファンタジア最大の禁則事項である。




 勿論、俺がそこで魔法が使えず、最弱であるスライムすら倒せないからと言って、躍起になってか弱い女の子を襲うことなどしない。流石に俺もそこまでゴミでないことは胸を張って叫ぼう。



「いやぁ、栖來さん冗談うまいね」



 AHAHA!

 と、外国人のようなボディランゲージを使ってやんわりと否定する。



「なんだー冗談か……びっくりしたー」



 マジでそういうの冗談にならないから。

 内心に渦巻くわずかな怒りを殺しつつ、自分的には超爽やかな笑顔で近くの女子に笑顔を返す。



「え……ちょっと栖來さん大丈夫?」



 そんな笑顔も束の間。

 一人の女子の声に、また栖来へと視線が集まる。



「あ……ご、ごめん。大じょっ……大丈夫だから……」



 少し荒い息を抑え、栖來が心配させまいと笑って見せる。が、そんな感情とは裏腹にぽろぽろ頬に伝う涙を、誰一人見逃しはしない。




 あっ……これマジでやばいやつだ。


 俺の本能が直感する。

 痴漢、明日は我が身。なんて言葉があるが、今まさしくその言葉の重みを理解できそうだ……。




「いやいやいやいやいやいやいや」



 もうね、これでもかというくらいに首を振る。


 いや、ホントにない。マジで、神に誓ってもない。



「おい宙丸……いくらお前がゴミだからってそれはないわ」



「五味くん、サイテー……」



 あらぬ噂に、正直そこまで仲良くはない女子にすらサイテーと言われる始末である。



「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!マジで、マジで俺何も――」



「でもお前、栖來さん泣いてるじゃねぇか」



 お?なんだお前ら、正義マンぶるつもりか?

 を?を?


 さっきまでは遠目でしか眺めることができなかったくせに、これ見よがしに割り込んでくる男子軍に今まで感じたことのない殺意が芽生えてくる。

 が、明らかに今は分が悪い。チクショウ、可愛い子の涙はやっぱ最強だわ……。なんて思う間もない俺である。



「いや、そもそも俺栖来さんと会ったこと――」



「謝りなさいよ」



「ホントそれ。早く謝れよこのゴミ」



 俺の言葉に耳を貸す様子は微塵もなく、ただ俺を罵倒する。



「あーやっまれ!」



「あーやっまれ!あーやっまれ!」



 そして突如として鳴り響く謝れコール。

 どうやら俺と言う巨大悪の存在により、クラス史上最大の団結感が生まれるようだ。残念ながら、その団に俺はいないんだが……。



「ちょ……俺ほんとに何も――」



「あーやっまれっ!あーやっまれっ!」



 弁明の言葉もむなしく、俺の声は団結したコールに簡単にかき消されていく。

 同時に、『女子によく思われたい』という偽善と欲望にまみれた男子軍によって、栖来の机の前でほぼ羽交い絞め状態に固定される。



「早く謝れゴミ」



 パコンと、誰かが俺の頭を叩いた。

 義務教育という制約がなければ、日本という国はこんな横暴も許されてしまうのか……。






「待つんだみんなっ!」



 その刹那、どこからともなく発せられたその一言が、教室の空気を一蹴する。


 ――この声はっ!?

 と、その聞き覚えのある声に、俺はまるで炙り料理を作るバーナーで炙られたかのように胸が熱くなっていくのを感じた。無駄にかっこよく、そして無駄によく響き渡る声だった。

 そんな思いが溢れ、俺の心の熱がまさしくピークに達しようかという時、栖来さんを取り囲んでいた輪が一人の男のために道を作った。


 もう……俺の心はお前で埋め尽くされちまったぜ……。



八瀬田やせた……」



 ややぽっちゃり気味で膨れ上がった制服。名前が一切似合っていない肉付きのいい顔。何を隠そう、こいつは朝も俺に転校生の話を持ち掛けてきた、腐れ縁のあいつだ。


 俺はお前を紹介するに値しないと切り捨てたのに、お前はこんな俺を助けてくれるというのか……。



「宙丸……」



 八瀬田が俺の名前を読んで、一呼吸置いた。



「俺は、お前を許せないっ!土下座すべきだっ!!!」



「ぉぉおおおおおまええええええええええええ」



 想像の180度。いや、一周回って540度違う方向の言葉に、俺は思わず叫んだ。

 人生で初めて、心の底から叫んだ。


 所詮は……見せかけの友情だったというのか。



「俺は、女性には紳士なんだ」



 テメェ、鏡見てから言えやこのブタ野郎。




 おそらく誰もがそう思ったであろう。

 しかし、この状況でそんな正常な思考回路を持つ奴は俺以外にいるはずもなく、捨て台詞のような八瀬田の一声により、士気の上がった男子軍たちによって跪きのポーズへと変えさせられる。



 女子はともかく、男子は絶対面白がってるだろ……。

 そんなことを思いつつ、未だ栖来は顔を抑えたままの栖来に視線を向けた。


 栖来は慌てたように、顔をさらに下に向ける。が、俺はその一瞬の細かな違和感を見逃しはしなかった。

 泣いているように見せかけて目を抑えているものの、常に状況を確認できるように開けられた指のわずかな隙間。それは紛れもない、エロいシーンを目撃した女子が見てないふりをして実はしっかり見ているという、アレである。




「あれー?」



 と、思わず青いブレザーと赤い蝶ネクタイが似合う名探偵お馴染みの言葉が俺の口を出る。



「『あれー?』じゃえぇよ、とっとと額こすりつけろやコノヤロー」



 そういって、女子の一人に頭を踏みつけたられた。


 ……え、マジ?女子高生ってこんな簡単に男の頭踏みつけるの……?もうやってることはヤクザじゃん。

 いや、痛くはないよ?むしろ、パンツも見えたし、考えようによってはご褒美なんだけどさ……。なんてことを考えつつ、自分の心を励ましてみる。



「すいませんでした💢」



 頭を踏みつけられたまま、ほんの少しの憎しみを込めて懺悔の言葉を口に出した。



「ホントコイツゴミ」



「マジサイテー」



 主に女子から浴びせられる罵倒の数々。

 絶対いつか仕返ししてやる。


 そう誓った高1の初夏である。



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転校生のスライさん:お試し3話 のなめ @peano

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