第4話 緑の魔物
「しっしゃーす。ライラ様、お昼の準備が――あっ」
適当な挨拶と共に魔王の部屋の大きな扉が開く。と同時に、俺と目が合った魔物が小さな声を漏らした。
体長は2メートルを裕に超え、ゴリゴリの筋肉がついた身体は恵体と言わざるを得ないだろう。二足歩行のその姿は一見人間に近く見えるが、全身が緑色に染まっており、血管の浮き出た髪のない頭は遠くからでも目立つ。尖った耳と怖そうな顔はいかにも魔族っぽさが出ており、これ以上ゴブリンという言葉が似合うものはいないくらいにゴブゴブしている。
「勇者さん来てたんスね。ご飯食べていきまス?」
俺を見かけたゴブリンが小さく頭を下げた。そして何食わぬ顔で部屋に入り、あぐらをかいて座る俺の前を通り過ぎていく。
はて、俺はいつからゴブリンと友達になったのだろうか?そんな疑問もいつのまにか浮かばなくなっていた。
「じゃあ貰おうかな」
「じゃあすぐに準備するッス」
特に何かしているわけでもないのに、ゴブリンを見つめながらも『動くつもりはない!』という鋼の意志を醸し出してクッションに全体重を預ける魔王。そんな魔王をゴブリンは軽々しく持ち上げた。
魔王を肩に担いで部屋を出ていくゴブリンの姿は、傍から見れば完全に魔物が人間の子供が連れ去っていくようにしか見えないが、そんな歪な光景ももう見慣れてしまった。
こうやって、魔物と当たり前のように話すようになったのはいつからだろうか……。
勿論、最初からこうだったわけじゃない。俺が魔王城にやってきて間もない頃は、ここの魔物たち相手に本気で命の削り合をしてきたものだ。それも、最終ダンジョンと言われるだけあって、その強さは普通の人間じゃ全く太刀打ちできないほどだ。
それこそ、今のゴブリンは魔王の側近と言われるだけあって、俺でも1vs1で戦って勝てる保証はない。まあまだゴブリンのような物理系ならいいが、人間には不可能な魔法を操ってくる魔物相手には逃げる以外の選択肢がない……なんてこともあったくらいだ。
そうやって何度も魔王城に挑むうちに、いつの間にかこういう状況になってしまった。
今や魔物の長である魔王があの様子なのだから、魔王城をうろついてる魔物もそれはもう緩い。あの頃の殺気なんてものは一切感じられず、目が合う度に『こんにちは~』や『勇者さーん』なんて言ってくれる心優しい魔物たちだ。
「勇者さーん?」
不意に扉の奥からゴブリンの呼ぶ声が聞こえてくる。おそらくご飯の準備ができて呼びに来てくれたのだろう。
「ああ、今行く」
腰を上げて扉の方を振り返ったが、すでにゴブリンはいなかった。意外に俊敏な奴だ。
魔王の部屋を出て、両脇に蝋燭の灯った長い通路をまっすぐ歩いていく。
地上エリアが5階層に地下エリアが3階層。加えて、他のダンジョンとは比べ物にならないくらいに1つの階層が広く入り組んでいる。当然、まだ行ったことのない場所も少なくはない。
きっと見たことのないような素晴らしいアイテムも色々と眠っているのだろう。もう俺には必要のないものだが……。
なんてことを考えながら廊下を抜け、『食堂』と人間の言葉で書かれたプレートがぶら下がった扉を開ける。
そういえば、この人間の言葉で書かれた案内板もいつの間にか魔王城のいたる所に置かれていたなぁ、と思い出す。まだ俺が魔王と仲良くなる前だったから、初めて見たときは罠かと思ったものだが、今となっては助かるばかりだ。
ただまあ、なぜ魔王たちはこんなに人間なんかに歩み寄ってくれるのだろうか……。という疑問は未だに謎のままだ。
「あ、勇者さん。ご飯できてるっス」
食堂に足を踏み入れると、それに気づいたゴブリンが案内するように魔王の隣の椅子を引いてくれた。食堂といっても魔王が食事するための小さな部屋だ。
「今日はパスタか」
「そうッス。いい小麦が手に入ったッスから」
料理を運ぶゴブリンは、俺の言葉ににんまりと笑顔を浮かべながら手に持ったお皿を俺の目の前に置いた。
薄い皿に綺麗に盛られた淡黄色のパスタ。その上から、パスタを守るようにかけられた白いソースと、栄養と色合いを考えたのか色とりどりの野菜が皿の周りに飾られている。まるでどこかの王国の有名店にでも出てきそうな、見た目は非の付け所が一切ない完璧な料理だ。
「いただきます」
と一言、お皿の隣に添えられたフォークに手を伸ばした。
さて、このパスタ。
というよりも、魔王城での料理は基本的に隣でニタニタしているゴブリンが作ったものであるが、肝心の味の方はというと……。
「うっっま……」
の一言に尽きる。語尾を濁しているのは料理に何か不満があるわけでなく、美味しすぎて一言目に『うまい』以外の言葉が見つからないからだ。
「いやぁ、人間の勇者さんに言ってもらえると言葉の重みも違うッス」
料理だけじゃなくお世辞もうまい。一体何者なんだコイツは……。
頭に手を当ててカラカラと笑うゴブリンを見つめる。
いや、実際料理に関してはそこらの人間が出しているお店よりもはるかに美味しい。俺は料理に詳しいわけではないが、それでも俺が泊まるような町の宿屋で出てくる食事なんかとは全く次元が違うことくらいはわかる。それくらい、ゴブリンの作る料理には何か感じるものがある。
あのゴツゴツした大きな手で、一体どうやってこんな料理を生み出しているのか……。いつか俺以外の人間にも食べさせてみたいものだ。
一口目に感動を隠せないでいる俺に対し、隣の魔王はというとガツガツとパスタを口に放り込んでいく。
魔物だからと言って別に手で掴んで食べるわけでもなく、器用にフォークを使って食べている。まぁ魔王に関してはフォークに巻き付けるというよりも、啜るという表現の方が正しいのかもしれないが……。
なんてことを考えていると隣で食べ終わった魔王が『ごちそうさまッ』言葉を残し椅子から飛び降りた。
好き嫌いはないようで、一応周りに飾られていた野菜もちゃんと食べているようだが、こんなに美味しい料理を魔王はちゃんと味わえているのだろうか……と少し疑問に思う。
「あっライラ様、お口周りにソースが……」
「んんーっ!」
走りだそうとする魔王をゴブリンが捕まえると、いい生地の薄い布で魔王の口をやさしくこする。そんなゴブリンに対し、魔王は少し不機嫌そうな声を漏らした。
「あんまりぐーたらし過ぎちゃダメッスよ」
「わかってるのだ!」
青の返事は多分わかってないな……。トテテテッと食堂から小走りで出ていく魔王を見送り、顔を見合わせた俺とゴブリンがお互いに苦笑いを浮かべた。
「ゴブリンも大変だな」
「いえ、そんなことないッス。自分、ライラ様のお母様の頃から仕えてるんで、ライラ様は妹みたいで可愛いッスから」
魔王の食べ終えた食器を片付けるゴブリンに声をかけると、そんな言葉が返ってきた。
魔王は大体あんな感じだから、ゴブリンも色々苦労しているのだろうと思ったが、意外とそうでもないみたいだ。にんまりと笑ったゴブリンの顔は一見すると不気味な笑顔だが、きっと嬉し笑いなのだろう。
「ゴブリンはいいやつだな」
「いえいえ、勇者なのにライラ様と仲良くしてくれてる勇者さんの方がいい人ッス」
お皿を下げたゴブリンが、両手にコーヒーカップを持って食卓の方へと戻ってきた。そのうちの一つを俺の前に置くと、ゴブリンは俺の前の席に座ってズズッとコーヒーをすすった。
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