第2話 リバース




「にじゅーよん、にじゅーご……」



 小さな手で指をさしながら、格子状に線が引かれた板の上に並べられた黒色の石を魔王が数える。そして、その数が白色の石よりも少ないことが分かると、ガクッと肩を落とした。



「俺の勝ちだな」



「んー……このゲームは面白くないのだっ」



 と、口を尖らせた魔王は背中に置いていた大きなクッションに勢いよく倒れ込む。そして頬をプーっと膨らませて一瞬俺を睨むと、テーブルの上に置かれてあったクッキーを口に放り込んだ。






 俺が子供の頃に読んでいた伝記によると、魔王は魔王城の中で一番大きな部屋にある、これまた大きな椅子に座っていたそうだ。勇者を倒すのを今か今かと待ちわびていたらしい。

 だが、そんな伝記とは全く異なり、実際に俺を待っていたのは、人間が住むようなちんまりとした部屋にいた小さな魔王だった。


 とは言え、俺も人々の希望を背負った勇者だ。魔王討伐だけを目標に生きてきた俺は魔王に戦いを挑み、それはもう熾烈な戦いを繰り返していた。




 ……はずだった。


 魔王と初めて戦ってから、もう季節が一巡りするくらいするだろう。最初は歩くだけでHPを削られていたこの禍々しい魔王城も、いつの間にか見慣れてしまった。俺がその瘴気に適応したのか、あるいは瘴気そのものが薄くなったのか……。

 兎にも角にも、魔王城でHPを削られることもなくなった俺は、今やこうして魔王の部屋で魔王とゲームをして遊んでいる。


 クッションに身体を預け、不貞腐れて寝転がっている幼い女の子……もとい魔王ライラ。見た目だけで言うと、10歳の人間くらいの可愛らしさが溢れ出る女の子だ。

 ただまぁ、金色に輝く長い髪と尖った歯、豪華な服に髪飾りなどは少し魔王っぽかったりする。本人曰く、既に200年近く生きているらしいが、それでも魔王の寿命から考えるとまだまだ若いらしい。


 当の魔王も、今や俺に危機感というのは全くないらしく、俺にお腹を向けてダラっと寝転がっている状況だ。

 そんな魔王を前に、勇者である俺はさっきまで遊んでいたゲームの後片付け進めている。魔王討伐を掲げてこの魔王城に乗り込んだ頃の俺では考えられない状況だが、自分でも不思議なことに居心地がいいらしい。



「ゆうしゃ、もう一回なのだ」



「え……今片づけたんだけど」



 まるで俺が片付け終わるのを見計らったかのように、魔王がムクリと起き上がった。



「やるのだ」



 どうやら、俺の困惑する顔なんてものは眼中にないらしい。白い小さな牙を見せるように、魔王が無邪気な表情を浮かべた。



「じゃあ、やるか」



 片付けたからと言って、他にやることがあるわけではない。そう考えた俺も魔王に無邪気な言葉を返した。




 最近、この魔王城の中で『リバース』というゲームが流行っている。白色と黒色のコマがあり、相手のコマを挟むと自分の色にできる。タテ8マス、ヨコ8マスの盤面に順番にコマを置いて行って、最終的に自分の色が多い方が勝ちというシンプルなゲームだ。

 元々はどこかの国で流行っていたもので、俺も旅の途中でやったことがあった。魔王の暇つぶしにと思って持って来てみると、意外にも魔物たちに大ウケしたという経緯だ。



「じゃあライラからなのだ」



 最初から俺の意見を聞くつもりはなかったようで、魔王はクッションから起き上がるとすぐに黒い石をおいた。



「いいのかそこで?すぐにとられちゃうぞ?」



 魔王の置いた石の隣に俺が白い石を置く。そして黒い石を白い石に置き換えた。その様子を眺め、魔王は『んんん……』と眉をしかめ、少し困ったような声を漏らした。






 *   *   *   *   *






 ゲームが終盤に差し掛かる。俺の白色のコマは魔王の黒色のコマのおおよそ2倍というところだ。



「か、勝てないのだ……」



 盤面を見て魔王も察したのか、そんな言葉をおもむろに呟いた。



「まあ人間のゲームだしな。さすがに魔物に負けるわけにはいかないからな」



「ゆうしゃ、ライラは助っ人を呼びたいのだ」



「助っ人?」



 魔王の唐突な言葉に一瞬戸惑う。が、この局面的に、相当の手練れを連れてこない限り、俺が負けることはないだろう。それに、この魔王城でこのゲームが強い魔物がいるということも聞いたことがない。



「ああ、いいぞ」



 俺が自信満々に答えると、魔王は『連れてくるのだ』という言葉を残して部屋を出て行った。




 途端に静かになった魔王の部屋を見回す。初めて魔王と対峙した時にはほとんど何もなかったが、ベッドやテーブル、クッションなどなど、俺がいろいろ持ってきたせいか随分と賑やかになった。一見してみると、魔物が住んでいると言うよりも人間が住んでいると言われた方が納得しそうだ。

 とは言え、遊び道具はそこらに転がっているし、ベッドの上には布団と毛布が乱雑に詰まれている。お気に入りのクッションにはクッキーの食べかすがこぼれていたりと、お世辞にも綺麗な部屋とは言えないが……。



「今度掃除しないとなぁ……」



 部屋を見回し、そんな言葉がこぼれる。

 いや……それよりも、魔王に片づけるということを教えた方がいいのだろうか?




 なんて考えていると、軽い足音が耳を打つ。



「連れてきたのだっ!」



 勢いよく開いたドアから魔王の元気な声が室内に響く。部屋に入って来るや、俺に向けるその表情は先ほどまでとは打って変わり、まるで既に勝ちを確信したかのようにニンマリとした笑みを浮かべていた。



「誰を連れてきても勝敗は変わらないぞ――」



 と言いながら、魔王の連れてきた助っ人の姿に思わず口が止まる。魔王の連れてきたであろうその助っ人は、ガッションガッションという音ともに4本のアームが器用に動かし、金属でできた大きめの身体を魔王の部屋に捻じ込んだ。

 どことなく生き物を模倣して作られたような印象を受けるが、魔王が置きっぱなしにしたクッキーを皿もろともお構いなしに踏み砕いてこちらに向かってくるその姿は、既に生き物というジャンルを捨てているだろう。



「さあやるのだキラーマシンっ!」



 キラーマシンと呼ばれた魔物は俺の正面まで来ると、ウィーンという音を鳴らしながら体の上部にある小さな赤いランプを動かして俺とリバースの盤面を交互に見る。


 魔王の言葉に反応している感じではなさそうだが、本当に大丈夫なのだろうか……。

 と心配していると、身体の側面から生え出た細いアームがゆっくりと黒いコマを盤上に置いた。



「……?」



 と、俺は思わずその一手に疑問符が浮かんだ。

 このゲームではいかに四隅をとることができるかが勝敗に深くかかわってくる。だが、キラーマシンがおいたところは俺に四隅の一つを取らせに来る場所。誰がどう考えても悪手だ。


 何か裏があるのかと少しの間考えてみるが、隅をとったところで不利になる気配はなかった俺は、キラーマシンの誘導に乗って隅の一つに白石を置いた。

 そんな俺に対し、キラーマシンは間髪入れず黒石を置く。今度は隅ではないものの、黒石をたくさん挟むことができる場所に誘導するような位置だった。


 今度は俺も間髪入れず、その誘導された場所に白石を置いた。そんな突発的な打ち合いを数手ほど繰り返したところで、魔王が何かに気付いたように『あっ』と声を出した。

 そしてその直後に置いたキラーマシンの一手に、俺も少し遅れてその言葉の意味を理解した。




 キラーマシンが置いた場所は俺が最初にとった隅のすぐ隣。だが、その隣にはすでに俺に白石があり、キラーマシンがおいた黒石を挟むことはできない状況だ。そして運が悪いことに、俺の黒石は別の隅のすぐ隣まで並んでおり、キラーマシンは次の一手でこの一帯をとることができるということだ。


 ……運が悪い?

 いや、違う。こうなるようにキラーマシンが俺を誘導していたんだ。つまり、最初からこうなることを見越して俺に隅を取らせたということか……。



「強い……」



 何手も先を読むキラーマシンに心の底から言葉が漏れる。そして、長考して何とか捻り出した俺の一手に対し、キラーマシンはやはり隅に石を置いた。



「いいのだキラーマシン!偉そうなゆうしゃもこれでおしまいなのだ」



 キラーマシンの隣で魔王が嬉しそうにピョンピョンと跳ねた。

 確かに強い……。だが、まだ負けたわけじゃない。この諦めの悪さこそが勇者の証だ。最後まで諦めないことに大切さを魔王に見せてやろう!




 そこからの10手はお互い駆け引きなんてものはなく、ひたすら多くとれるところに置くだけだった。



「にじゅーきゅ、さーんじゅ……。ゆうしゃの勝ちなのだ」



 魔王が数える黒石の数を聞いて、俺は安堵の息を漏らした。そして、久しぶりに感じるこの熱い気持ちを抑えることが出来ず、気付いたら俺はキラーマシンに向かって腕を伸ばしていた。



「ありがとうキラーマシン、いい勝負だった――」



 ――ウウォオーーーン。

 ――ウウォオーーーン。



 握手しようと腕を伸ばした矢先、キラーマシンの頭に灯っていた赤いランプが激しく光り出す。同時に、サイレンのような甲高い音が部屋に響き渡った。



「キケン!キケン!殲滅モードニハイリマス」



「うおおおおおおっ!?」



 俺の腕を掠ったその剣によって、テーブルもろともリバースの盤が真っ二つに両断される。



「ま、魔王……どうなってるんだ!?」



「きっと、自分が負けたことを認めることが出来ずに自己防衛にはいったのだ」



「いや、ゲームだぞ!?」



 という俺と魔王の会話の間で、キラーマシンは身体を勢いよく回転させながら両手に持った剣を振り回して魔王の部屋を破壊していく。



「止める方法は!?」



「知らないのだ」



 何……だと!?



「でも、魔王の部下なんだろ!?」



「倉庫に眠ってたのを連れてきただけなのだ。ライラも魔物じゃないとさすがに喋れないのだ」



「いや、だってさっきまで喋ってた――うおおおおっ!?」



 目のすぐ前を通過するキラーマシンの剣の切っ先に、思わず身体がのけ反った。



「コロ、コロ、コロ、コロ、ススススススス。オマエ、コロス」



 戦闘態勢に入ったキラーマシンの身体は俺よりも大きく、なおかつ両手に装備した剣を音速で回転させるその姿は、さすがに勝てる気がしなかった。



「わ、分かった。分かった!じゃあもう一度リバースで勝負しよう。今度は魔王の続きじゃなく、最初から俺とキラーマシンでだ」



 ダメ元でそんな言葉をかけてみると、意外にもキラーマシンの身体の回転が止まった。



「イイダロウ」



 抑揚のないそんな言葉を発すと、キラーマシンは粉々に粉砕したリバースの残骸をかき集めて、俺に『ヤルゾ』と声を掛けた。






 二度目の勝負の行方はというと、勿論俺の大敗だったが、俺に勝ったキラーマシンは上機嫌で倉庫に帰っていった。



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