Lv.99

のなめ

第1話 暴挙の王




 魔王城。


 それは魔王の眠る城であり、俺の旅の終着点とも言えよう。




 世界を旅し、小さな村から出た俺はいつの間にか誰もが知る勇者になっていた。大きな鳥の背中に乗れば、世界中のどこへだって行けた。いや、それだけじゃない。海底も、神の城も、過去の世界にだって行って来た。

 長い年月を経て、ようやくここまで来たのだ。


 かつて一緒に旅をした仲間はもういない。一人、また一人と新たな土地で出会いを見つけ、みんなそれぞれの幸せを育んでいる。




 だが、俺は違う。


 勇者として魔王を倒し、この世界に平和をもたらすことを亡き父から受け継いだ運命。魔王を倒すことだけが俺の生き様であり、俺の存在価値だ。世界に平和をもたらさないことには俺の幸せなんて――。



「ゆうしゃゆうしゃッ!ここの壁を壊すのだ」



 幼く可愛らしい声とは裏腹に、物騒な言葉が俺の思考を停止させた。

 本当に扱えるのか?と疑問に思うほどに、その小さな身体には似合わないゴツ目のハンマーを持った女の子が、目の前の壁を今にも破壊しそうな勢いで睨みつけていた。



「ほ、ほんとにやるのか?」



「勿論なのだ」



 その子が即答した。


『ここ』と言われた場所の壁を触ってみるが、さすがは魔王城とだけあってなかなかに立派な作りだ。苔のような少しだけ柔らかい触感の布が張られたその壁は、少し小突いたくらいでは全く音がせず、相当厚いと見える。

 加えて、壁に等間隔で立てられた蝋燭の光がゆらゆらと動く俺と女の子の影をつくる。唯一の光であるその炎は通路を薄暗く照らしており、派手さはないながらも最終ダンジョンという高貴さ不気味さをしっかりと醸し出していた。


 壁をハンマーでたたき壊すなんて奇策、どう考えても上手くわけがない……。

 と思いつつも、一度言い出したら止められないことは十分理解している。それゆえに、俺が今できることとしたら、その成り行きを見守ることくらいだ。



「ん」



 と、女の子が笑顔で、俺に手を差し出した。どう考えても扱えそうにないハンマーとともにだ。



「えっと……俺がやるのか?」



「当然なのだ。ライラにこのハンマーは使えないのだ」



 自分のことをライラと呼んだその女の子は少しだけ偉そうに言葉を返すと、早く受け取れと言わんばかりに俺を見つめた。そして、ほぼ無理矢理にハンマーを俺に押し付けると、その壁から少し距離をとったところの絨毯に座った。

 いくら魔王城とは言え、やはり建物を壊すというのは気が引けるんだが……。



「さあゆうしゃ、やるのだ!」



 そんな俺の気持ちなんていざ知らず、俺の背後からそんな掛け声が飛んできた。


 はぁ……と小さく溜め息を吐きつつ、しぶしぶその重いハンマーを振り上げる。

 確かに、あの小さな身体ではどう考えても持ち上がらないであろう相当重めのハンマーだ。



「じゃあ。いくぞ!?」



 俺は少し振り返りながら横目で最終確認をする。女の子が無言で頷いたのを確認すると、俺は振り上げたハンマーを勢いよく目の前の壁へと振り下ろした。




 ――ガイィィィン


 と、まるで金属を叩いたような大きな音が通路に響き渡る。

 当然、壁を壊した感触なんてものはなかった。むしろ、その壁に跳ね返されてしまったハンマーに身体を引っ張られて、俺はその場に尻もちをついた。


 と同時に、その音のせいで気づかれたのか俺たちを追う魔物の声が通路の先から微かに聞こえた。



「や、ヤバいのだ。ゴブリンが来るのだ!」



 その魔物の声に、先ほどまで余裕そうな顔をしていた女の子が焦った様子で俺のもとへと駆け寄ってきた。



「いや、でも……この壁が固すぎて、ハンマーで壊すのはだいぶ時間がかかるぞ?」



「んんん……」



 俺の言葉に女の子が頭を抱える。



「……こうなったら、ライラの魔法で吹き飛ばすのだ」



「だ、大丈夫なのか……?」



 俺の質問に、女の子はコクリとまたも無言で頷いた。



「ライ――……者――」



 通路の先で、俺たちを探す声が徐々に強くなる。



「やるのだ」



 その声に覚悟を決めたようで、女の子は壁の前に立ち静かに目を瞑った。そして、何かを念じると、壁に向けた手の平に赤い光が集まっていく。

 数秒ほど経つ頃には、その赤い光は女の子の身体と同じほどの大きさにまで膨らみ、それが見えたのか通路の先から一匹の魔物、上級魔物のゴブリンがその得体を揺らしながらダッシュで駆け寄ってくる。



「ライラ様、何を――」



「えくすぷろぉーじょんっ」



 ゴブリンの声とほぼ同時に、女の子が魔法を唱えた。

 あと十数歩のところまで迫って来ていたゴブリンだったが、目の前の光が小さなたまに濃縮されていくのを見て、諦めたように天を仰いだ。




 ――チュン


 と、まるで小鳥のさえずりの様な可愛らしい音が耳を通り抜けた。

 が、その音を最後に、身体の自由を奪われる。そして、目の前で起こる吹っ飛んでいく瓦礫の山を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。



「あ゛ぁ゛……」



 俺たちが魔王城の高い位置にいたためか、爆発の煙が晴れた先には視界一面に緑の大地が広がる。この大地のはるか先にある海まで見える、それはもう壮大な形式だ。

 追ってきたゴブリンの嘆き声が聞こえてきたのは、そんな雄大な景色が見えるようになってから数秒後だった。



 まるで、凶悪なゴブリンなんか眼中にもないように、嬉しそうな幼い声が聞こえる。






 魔王が眠ると言われるこの魔王城で、なぜこんな暴挙が許されるのか。

 その答えはいたって単純だ。



 膝から崩れ落ちるゴブリンとは対照的に、女の子は口元の牙を剥いて満足そうな笑顔を俺に向けた。



「勇者の言ってたテラス?が出来たのだ」




 そう、この暴走する女の子こそが城の主、魔王ライラだからだ。



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