第25話

 暫くして田浦鴻明が佐藤刑事の携帯に自首したいと言ってきた。

野菜ジュースの販売先13軒のすべてが判明し、内東京都に絡みがあるのは3人だった。しかし、刑事と関わるような事件や事故に出合った人はいなかった。

 剣が崎方面へ行った人は1軒あったが、事件とは別の日で剣が崎温泉に宿泊したことが判明している。

全員平凡なサラリーマンの家庭でトリカブトの毒を抽出できそうな人はいない。勿論、出身学校や職歴などすべて洗った結果だった。

だから、下藤爽太以外に玄武勇元刑事を毒殺できる人はいない、と捜査会議で佐藤が言ったばかりだった。

 後輩の吉川刑事に運転させぼんやり空を眺めていた。

 

 佐藤は浅草の高校を出て、世の中の役に立ちたいという思いを強く持って、20歳の時に警視庁の採用試験に合格した。

 しかし、本庁に居たのは僅か1年。修行して来いと言われ浅草署に3年、そして今度は岩手県警へ応援だと言われ2年半になる。いつ戻れるのか?

 最近はどうも刑事の仕事が性に合っていないのではと感じる。丘頭警部や岡引探偵のように物事を考えられない。

自分は劣っているのか?あれ程憧れ最高の職業だと思っていたのに・・・

 

 「着きましたよー」吉川刑事にそう言われて我に返った。

「よし、行こう」佐藤はそう言ってパトカーを降りさっそうと玄関に向かった。

受付を通して面会室で待っていると、車椅子に乗った田浦鴻明が姿を現した。

田浦の服装は室内着ではなくジャケットを着て折り目のついたズボンを履いていた。膝に紙袋を抱え神妙な顔をしている。

 佐藤は挨拶のあと、早速電話の話をする。

「自首したいとは、どういうことですか?」

田浦はぼそぼそとした声で「玄武勇元刑事を殺したのは、自分だということです」と告白する。

「どうして殺したのですか?」

「昔の事件をしつこく、お前が犯人なのか?本当なのか?って言うんだ。俺は、強請りだと思った。世間に、特にこの施設に知られたくなかったら、口を噤む代わりにいくばくかの金を寄越せ、と言う積りだったと思うよ」

「そんな、バカな!」佐藤は思わず声が大きくなってしまった。

「元刑事が、他人を強請るなんてあり得ないし、退職金も入ったばかりで金に困ってもいない。あなたを強請る訳がない!」佐藤は強い口調で断言した。

「そんな事情は知らない。俺はあいつの言い方でそう感じただけだ」田浦は体調が悪いのか、気力がないのか力無い声で言った。

「そんなことで、玄武元刑事を毒殺したのか?」

「そうだ」田浦は言い切った。

「だけど、あんたは玄武勇が死ぬ前日の散歩中に1回しか会ってないと言ったよな。いつその脅しを受けたんだ?」

「事前に電話が来たんだ。最初は誰かと思ったんだが、出たら玄武勇って名乗ったんだ」

「それでそう言う話をしたのか?何時のことだ?」佐藤には田浦の言葉が何か嘘っぽく聞こえた。

「奴が死んだ1、2週間前だ」少し考えている風で答えるのに時間が掛かった。

「毒はどこから取って、どこで作った?」

「この辺りはトリカブトの群生地なんだ、朝の散歩の途中で取って懐に隠して持ち帰り、共同の調理場で人の目を盗んで毒を抽出したんだ」田浦は弱い声だがはっきりと自信有り気に言う。佐藤は田浦から罪を犯した後悔とか反省とか言ったものが感じられないし、逆に、前科があるのに必死でまた犯罪者になろうと頑張っているようにさえ見えてしまう。

「アコニチンの抽出は後日実際にやってもらうけど、間違いなくあんたが玄武勇元刑事を殺害したんだね」佐藤は念を押して確認した。

田浦は黙って頷いて、紙袋を差し出した。佐藤が受け取って中を覗くと、カッターや透明なビニール手袋、とろみ剤とか少量のトリカブトの葉などが入っていた。

「これは?」

「抽出に使った道具だ」田浦はボソッと答えた。

「どうして?何故廃棄してないんだ?」佐藤は有り得ないと思った。

田浦はにやりとして「さあな」とだけ言った。

 佐藤は吉川刑事にヘルパーを呼びに行かせた。

少し待たされたが、吉川刑事が女性のヘルパーを連れてきた。

佐藤は警察手帳を見せて、事情を話した。そして、田浦が取調べに耐えられるのか、付き添いが必要なのかを確認した。

「こちらへ、看護師から説明させます」ヘルパーに言われ、吉川刑事を残して後を付いて行った。

看護師からは、田浦は末期の癌で、余命は三カ月、長くて六カ月なので、取調べは病院のベッドの上で医師の指示によって行われるべきだと言われた。

 佐藤は上司に相談し、盛岡市内の大学病院の個室を無理を言って借りた。そこへパトカーで真っすぐ向かうことにした。道中は保養所の看護師が付き添ってくれることになった。

そして、その看護師から病院へ引き継いでもらい、看護師の帰りは吉川刑事に送らせることになった。

 その後の調べで、紙袋に入っていたトリカブトの毒ととろみ剤は、殺害に使われたストローに残っていた物と一致し、カッターはストローの袋を切った切り口の断面と一致した。手袋や器具には田浦の指紋以外は付着していなかった。

すべての証拠は田浦が玄武元刑事を殺害した犯人であることを示していた。

 佐藤はこの状況を丘頭警部に報告した。

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