第24話

 一心は、今回は一人で朝早く浅草を出て、再び盛岡署を訪れていた。もう一度下藤爽太に会おうと思い立ち、佐藤刑事に病院が休みの日曜日の午後に約束をして貰っていたのだ。

「佐藤刑事、その後分かったことは?」と尋ねる。

「あれから1週間の間では、下藤爽太に話を訊いてきました。それで剣が崎保養所には行ってないと言うんです。監視カメラの写真も見せたんですが、この時は趣味の釣りに剣が崎の少し南に下った釣り場へ行ったんです、と言うんです。我々も場所を詳しく訊いて行ってみたら確かに釣り場があって、盛岡から来ている釣り人がいて、話を訊いたら知る人ぞ知る穴場らしいです。

それにジュースは偶々気が向いて買って三人で飲んだと言うんです。それも奥さんと娘さんさんに訊いたら、そんなこともあったと言うんです」そう言って佐藤は頭を掻いている。

相手の言いなりに話を聞いてくる佐藤刑事に文句をたらたらと言いたいが、下藤爽太と約束した時刻があるので、一心が泊まるホテルに向かい最上階のラウンジでコーヒーを啜りながら待つことにした。

 時刻に少し遅れた下藤爽太が、見るからに高級品と分かるスーツ姿で現れた。

「遅くなりました」頭を下げながら席に着いた先生、一心はコーヒーを追加で頼んだ。

「先生、何か公用があったんですか?」一心は気になって訊いてみる。

「えっ、あ~このスーツですか?え~ちょっと医師会の会長と会館で、来月のうちの病院を支援する医師と看護師のスケジュールを相談していたもんですから」先生はウェーターが運んできたコーヒーをブラックのまま口を付けた。

 ラウンジの大きな窓からは盛岡市内が一望できる。生憎のどんよりとした天気の為、美しさは感じられない。南部の片富士とも言われるという岩手山は、霞んで稜線がはっきりしない。

「娘さんの予定日はいつ頃なんですか?」どうでもいい話から始めた。

「11月の20日です」

「初孫はどうですか?俺にはまだいないので分かんないけど、よく子供より可愛いっていうよね」

「いやぁ、生まれてみないと実感ないんで」

「そんなもんですかねぇ。それは、あなたと血の繋がりがないから、と言う意味ですか?」一心は思い切って核心に触れた。先生は顔を強張らせ、キッと一心を睨みつける。

「どういう意味ですかそれは!ほのかは私の娘です」強い言い方はするが、声は微かに震えている。

「あなたは、ほのかさんが生まれた時から知っていたはずだ。だって、あなたが医師を務める病院で奥さんが産んだんですよ。今時子供の情報は全部情報システムに登録されているはずだ。プロポーズ、結婚、妊娠、出産の時間的な流れ、医師なら疑問を持って当然だ。そして知ってしまった」一心が言うと、先生は一心を凝視したまま拳の握りを強くした。

「違うと仰るなら、探偵生命をかけても良い!DNA鑑定しますか?」強く言うと先生は項垂れた。

「俺は、分かったときに何故仕舞い込んだのか?そこで奥さんと話合っていたら、こんなことにまでならずに済んだはずだ。先生違いますか?」厳しい問い掛けに、先生はコーヒーを一口啜ってから「私もそう思ったんですが、怖かったんです。言い出す勇気がなかった」と漸く認めた。一歩前進だ。

「それが十数年後の哀園るり殺害事件の引き金になったんですよ。家族三人が真実を共有していたら、哀園るりも強請りにくることは無かったし、強請られても笑っていられる。それを秘密にしたばっかりに、ほのかさんが家族を、家庭を守ろうとして、哀園るりを殺害してしまった」一心が言うと、先生はビクリと身体を震わせ「違います。一心さんそれは違いますよ。犯人は田浦鴻明です」と声を大にして言う。

「そうやって庇ったから、今回の玄武勇殺人事件が起きたんでしょう?」

「玄武元刑事さんの殺害事件とは何の関係もないんじゃあないですか?」先生はあくまで否定する。

「いや、玄武元刑事は、田浦鴻明逮捕はえん罪だと確信をし、再調査のためあなたの奥さんにも会った。そのことはあなたの奥さんも認めています。それを知ったあなたは、拙いと思い玄武勇殺害を決断したんだ。そしてトリカブトをどこからか取ってきた・・・」そう言った時、佐藤刑事が「そのトリカブトは剣が崎保養所の付近に群生しているトリカブトだと判明しました」と加えた。一心は聞いてないと思ったが胸に収めて続ける。「そして事前にスーパーから買ってきていた野菜ジュースのストローに毒を仕込んで、それを田浦さんのいる剣が崎保養所へ持って行って彼に渡し、彼が訪ねてきた玄武元刑事に渡したんだ。これが事件の全貌だ。違いますか?」

 先生は周囲の目も意識から飛んでしまったのだろう、立ち上がり「違う。あんたの言ってることは全部空想だ!証拠なんか何処にも無い!そうだろう!」大声で怒鳴った。ラウンジの客や従業員が怪訝そうな目をこっちに向けている。

「先生、落ち着いて、周りが見ている」一心がそう宥める。

先生は辺りを見回し、座って残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

「先生、あなたは剣が崎保養所へ行ってない、釣りに行ったと佐藤刑事に言ったそうですが、その時、他に釣りをしている人はいましたか?」

「何人かいたと思うが、はっきりは覚えていない」興奮して流した汗をハンカチで拭きながら先生は答えた。

「成程、あそこは知る人ぞ知る穴場らしいですねぇ」

「そうだが?」

「先生はどなたからその場所を聞いたんですか?」

「釣り仲間だとは思うが、誰だったかは・・・」

「その釣り仲間を、ここに書いて下さい」そう言って佐藤刑事に手帳を出させボールペンを差し出した。

先生はペンを持って考えながら4人の名前を書いた。

一心は電話番号を追記してもらい、佐藤刑事に確認するように言ってから質問を続けた。

「何時まで釣りを?」

「あの時は2時間くらいで止めたんだ。調子が悪かった。それは監視カメラで君らが確認したんじゃないのか?」と先生は言う。ちょっと冷静さに欠けてきた感じがする。

「その後はどちらへ?」

「真っすぐ家だ。それからは少し酒を飲んだりテレビを見たりして、外出はしていない」

「わかりました。次に野菜ジュースについて何点かよろしいですか?」一心は先生の顔色を窺う。

「どうぞ」先生は平静を装っているが不安なのだろう細かく指を動かしている。

「スーパーで三つ買った野菜ジュースを家族で飲んだと聞きましたが、その日に販売した野菜ジュースの製造番号と、玄武勇さんが殺害された現場に残されていたものと一致したんです。家族で飲んだのではなく、その一つに毒を仕込み田浦さんに渡したんじゃないんですか?」

「そうだからと言って、その番号のジュースを私が買ったと証明できるのかね?」先生はあくまで強気の発言を続ける。

「今、その日に野菜ジュースを買った25人に当たっています。先ず、玄武元刑事は東京の人間ですから、盛岡の人との関りは少ないので、その関連性が一つ。トリカブトからアコニチンを抽出できる技術を持っているかが二つ。その日から玄武元刑事が殺害されるまでの間に剣が崎保養所または剣が崎温泉に行ったことがあるかが三つ。この三点を捜査しています。間も無くはっきりするでしょう」一心が言うと、先生は明らかに動揺し目が泳いでいる。

一心はもう少しだと思い質問を重ねた。

「先生、俺はね、過去の犯罪はどうでもいいと思ってるんだ」その言葉に先生はちょっと驚いた顔をして一心を見つめた。

「あなたは、自分が起こした犯罪が明るみに出たら、その動機に過去の犯罪が絡んできて、過去の殺人事件の真実が暴かれると思って、だから言えないんだろう?」

「・・・」

「犯罪を隠そうとするより、動機だけを隠そうとした方が楽じゃないか?他人に迷惑かけないし。あんたは医者だ、俺より間違いなく頭は良いはずだ。その理由を考えて自首すべきじゃないかなぁ」

一心はそう言って、コーヒーのお代わりを三つ頼んだ。前から考えていたことでは無かった。突然、ふと思いついたのだったが、先生がどう反応するか見守っていた。

数分の時間がやけにゆっくり流れた。

「探偵さん、今日の話はそれで終わりですか?」先生が呟くような声で問い掛けてきた。

「先生の答えを聞いてから判断しますよ」一心が答えると、先生は微かに笑って「探偵さんの話は、仮定の話であって、実際の話じゃない。だって私は玄武元刑事さんを殺害していないんだから、そうでしょう、私が犯人だったとしたら、という話に私は答える義務はない。刑事さんもそう思いませんか?」と佐藤刑事を見て言う。

佐藤刑事は困った顔をして一心に助けを求めるような眼差しを向けてくる。

「先生、それが先生の答え、ということですね?」一心が訊き返す。

「そういうことです」

「わかりました。今日はこれで終了です。また、捜査が進展したらご報告やら何やらでお邪魔するかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」一心はそう締めた。

先生は黙って席を立ちレシートを取ろうとしたので、一心は手でレシートを押さえ頭を振った。

先生は、一礼をして去った。

 その後ろ姿を見ながら、一心は佐藤刑事に「俺がさっき先生に言った三つの捜査確実にやってくれよ」と言うと、佐藤刑事はビックリした顔をして「あれ、本当にやるんですか?脅しじゃないんですか?」と言う。

「バカか!警察が市民を脅してどうする。それに一般家庭で、毎日飲むんだったら紙パックでも大きい方が割安だからそっち買うしょ、だからそんなに複数買う人いないんじゃないかなぁ?」そう言うと単純な佐藤刑事は、成程と頷いて捜査すると約束した。一心は、こそっとほくそ笑んだ。

 

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