第22話
一心ら三人が下藤宅から出たのは午後8時半を回っていた。
「警部お腹空かない?」一心は空腹と疲労で一休みしたかった。
警部は「そうねぇ、ホテルは食事無しだから、何か食べて行こうか?」と静に話しかける。
「そやねぇ、お蕎麦でも頂きまひょか?」静は割烹着を持って来ているので汁系は平気だ。
警部も俺も頷き街中の店に向かった。
店の外観は和風で如何にも蕎麦屋という感じの佇まい、暖簾を潜って引き戸を開けると、店内も白木造りの純和風だ。半分はテーブル席だが半分は畳の上に長テーブルが置かれ、何人もがわんこそばに挑戦している。威勢のいい掛け声が飛び交っていた。
静が「わんこそば食べはります?」と訊く。警部も俺も、勿論、と頷く。
静は早速割烹着を着て、三人並んで座り蕎麦を注文すると、お給仕さんが薬味や器やらを用意してくれる。
そして掛け声と共に始まる。過去一番食べたのは女性で500杯を優に超えたと聞いて驚いた。
急いで食べる必要はないのだが、給仕さんの威勢の良い掛け声と器に蕎麦を入れるスピードについつい慌てて食べてしまう。
しかし、静を見ると給仕さんと何やら話をしながら、薬味を入れ替えながら、京都人らしい優雅な食べ方をしている。給仕さんはちょっと困り顔をしている。
警部が5杯食べる間に、静は2、3杯食べるペースだ。自然と静の器に蕎麦を入れる給仕さんの動きも掛け声も、緩やかに見えてくるのは気のせいだろうか。
結局、一心は65杯、警部は67杯で蓋を閉じた。しかし、静は35杯を食べ終え、まだお代わりをしている。
店を出たのは午後10時少し前、営業終了時刻を過ぎて静は食べ続け、71杯食べて蓋を閉じたと聞いて驚いた。
警部と顔を見合わせて大いに笑った。
「着物やさいかい、あんじょう食べられへんかったわ」静はまだ満足していないようだった。
車を県警に返して、ホテルのバーでアルコールを嗜みながら、今後の捜査について話合った。
「田浦の事件の関係者名簿のなかに『隠し子』に関わりそうなのは下藤ほのかしかいないから、あの一家の周辺を洗った方が良いと思う」一心がそう言うと警部が「下藤宅周辺のコンビニやスーパーの監視カメラの映像で野菜ジュースを2個以上買った人がいないか、事件の1週間前から前日までの間調べさせるわ。それと、下藤宅と剣が崎保養所の間の監視カメラの調査も同じ期間でやらせるね」と言う。
「下藤の三人を対象にしはるんですね?」静が訊くと警部は頷く。
「でさ、仮に下藤の誰かが毒殺した犯人だったとしてだ、警部は過去の田浦逮捕はえん罪だったとして真犯人を逮捕するのか?出来るのか?」一心は敢えて警部に訊いた。
「いや、無理よ」警部はあっさり答えた。
「今回出てくるときにも課長から「丘頭、捜査は良いけどな、あの事件の真犯人が別にいましたなんて言ったら、お前も俺も関係した刑事全員首だ!分かってるんだろうな?」って言われてきたからね。今回は玄武勇殺害の犯人逮捕だけが目的よ」警部はもう腹を据え覚悟しているようだ。
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