第21話

 下藤ひとみは刑事と探偵との話と、夫の面談中にお茶を持って行った時の、あの奥さんの言葉を聞いて、すべて調べ上げたうえで家に来たんだと思っていた。

そして思い出していた。

 

* 

 夫からプロポーズされた時、夫は、私がまだ田浦鴻明さんと不倫関係にあることを知っていた。夫は「今のままじゃ君は一生幸せにはならない、彼と別れて僕と一緒になろう、そうすれば堂々と一緒に住んで、子供を育てていける。今のままなら子供は産めないでしょう?」そう訊いてきた。

私は頷いたが、田浦鴻明さんを好きだった、結婚できなくても幸せになれると思っていた。でも、プロポーズされた数日後に田浦から形式的に一旦別れようと言われて、ショックだった。奥さんの不倫相手の上司を訴えたので、逆に自分のことを調べられたら困るから、というのがその理由だったが、身勝手だと思った。暫くの間会わなければ良いだけのような気がした。

でも、私は了解した。そしてそれが最後の夜になった。

 

 結婚して数カ月後、妊娠が分かった。すぐ田浦鴻明さんの子供だと分かった。それまで妊娠なんかしたことが無かったのに、油断だった。夫に言おうと思ったが、家庭が壊れるのを恐れ言えなかった。

 

 そして十三年後あの事件が起きた。いつも通りに仕事を終え5時半頃に家について玄関を開けると、娘が肩を振るわせて泣いていた。驚いて傍へ行くと血だらけの包丁が床に転がっていた。家の物だった。

娘から詳細を聞きだしたが、殺された女性に心当たりは無かった。

「じゃあ、あなたはその秘密をお父さんに知られるのが怖くて刺したの?」娘に訊くと、娘はコクリと頷いた。ひとみは自分の責任だと思った。

「ごめんね、お母さんのせいであなたにこんな事させてしまった。ごめんね」娘を抱きしめ暫く二人で泣いた。

 どのくらい経ったのか、このままでは娘が捕まる、何とかしないと、と思った。先ず自分が自首することを考えた、が、多分時間が合わないと思った。夫には言えない。それで、娘を風呂に入らせ、考えあぐねて田浦鴻明さんに電話して救いを求めた。娘の為にと泣きついた。

彼は少し考えていたようだったが、分かったと言い、家に来ると言った。

 私は包丁を買い物袋に入れて田浦に渡した。床を清掃し、娘に着替えをさせ血の付いた服ははさみで切ってゴミ箱の底の方に捨てた。そして娘に簡単な食事を摂らせ、今日はお父さんと顔を合わせないように寝なさいと言って部屋へ行かせた。

 夫が午後8時半過ぎに帰ってきた。私は平静を装い食事やらお風呂やらいつも通りの事をして、夫がテレビを見てアルコールを口にしたところで、お風呂に入りやっとホッとできた。ただ、いつのまにか手の甲に血が付いていて慌てて洗い流した。

 次の日の朝、テレビで哀園るり殺害事件を報道していた。娘の起こした事件だと思ったが、哀園るりという名前を思い出せなかった。それを言ったのは夫だった。

「この哀園るりって、結婚前よく行った居酒屋やじろべえで働いていた人じゃないか?二次会でスナックスポットで一緒に酒飲んだこともあったよなぁ。覚えてるしょ?」夫に言われて思い出した「そうねぇ、今思い出した。すっかり忘れてたわ」と返したが、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしていた。

 

 それから哀園るりさんの知り合いということで、玄武勇刑事が私や夫に被害者と揉めていた人を知らないか?と訊きに来た。私と夫のアリバイは病院で既に確認済みのようだった。娘については何も訊かれなかった。

 そして数週間後田浦鴻明さんがその事件の容疑者として逮捕された。

それをテレビで見た夫が「この人、結婚前にお前が付き合ってた奴じゃないか!」と驚いていた。

それが我家で事件の話がでる最後になるはずだった。

 

 

 なんで今頃、いっそ全部夫に話そうかとも思う。でも、それで夫の心に傷を付けてしまう、信じていた家族に裏切られたと思うに違いない。あんなに優しい、家族思いの夫を失いたくなかった。

田浦さんにはもう話せないし、玄武元刑事さんを殺した犯人が誰かも分かっていない。少なくとも、私でも娘でもない。ひょっとして、夫が?・・・しかし、夫が玄武さんを殺すとすれば、娘のことを全部知っていたことになる。そんなはずは無い。絶対に無い。本当に?・・・

 

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