第20話

 下藤爽太は警察が帰ったあと、リビングでブランデーを口に含みながら思い出していた。

 

 ほのかが自分の子でないことは生まれて直ぐ分かった。勤務先の病院で産んでるからデータを見ることが出来たのだ。ひとみが結婚前、田浦鴻明と付き合っていたことは知っていたが、相手は不倫だ自分がプロポーズしたら、きっと自分の所へ来てくれると思っていた。

 田浦の子供でもひとみが産んだことには変わりはないと思ったし、そう自分に言い聞かせた。

 殺人事件の時、ひとみとほのかの様子がおかしかった。

そして田浦鴻明が捕まった。それも自宅のすぐ近くが現場だとテレビで言っていた。

ほのかを見ていると、自分と目をなかなか合わせようとしなくなった。それでほのかの犯行を田浦が庇ったと確信したが、自分は知らないことにしようと決めた。

 

 そして先日、その時の刑事だと名乗って玄武勇がひとみと面談していった。田浦の事件をもう一度話して欲しいと言ってきたようだった。

拙いと思った。迷ったが、玄武を殺すしかないと決心した。妻と娘の会話から田浦の居所を知った私は、田浦に、玄武がそこに来たら毒入りの飲み物を渡してくれ、と頼んでも、ほのかを助けるためだと言えば拒否はしないはず、と考えた。

 先ず、近所のスーパーで紙パックの野菜ジュースを三つ買った。

そして田浦の居る保養所の辺がトリカブトの群生地なのは、仲間の間では知られていたので、夜に買い物に行ってくると言って家を出て、それを一握り採取してきた。

次の日、診察終了後、処置室で毒を抽出し市販のとろみ剤を混ぜてどろっとさせ、野菜ジュースのストローの袋の上の方を外国製のカッターで切って、ストローを出し、毒を吸い込ませた綿棒を先の方から挿入し、ストローの内側に何回かそれを繰り返し塗った。特にジャバラの部分に溜まるようにストローを寝かせた。終わってからストローを立てて暫く置いたら、少量流れ出たのでそれを注意して拭き取り元の袋へ戻した。三つ買った野菜ジュースの三つ目で完璧に上手くいった。

二つは捨てた。日付が替わる直前に作業を終了し、往診バッグに厳重に包装して仕舞った。

 次の日曜日、朝早くから趣味のゴルフの練習と言って家を出て、レンタカーを借りて剣が崎保養所に向かった。

保養所の玄関の見える場所で待機して、田浦が朝の散歩に出るのを待った。

 7時半過ぎに田浦が一人で出てきた。ヘルパーさんは玄関でひと声かけて戻ったので、車を降り急ぎ足で田浦について行った。15分程歩いたところで声を掛けた。

「田浦鴻明さん、おはようございます」

田浦は振り返って「さて、どちらさまでした?」と首を捻る。

「久しぶりです。下藤爽太です。昔スナックで一緒に飲んだこともある」下藤がそう言っても、はっきり思い出せないようなので「下藤ほのかの育ての父親です」とはっきりと言った。

田浦はびっくりした様子で「何を言ってるんです。俺はそんな人は知らない」そう言って逃げようとする。

「十数年前、哀園るりを殺したのはほのかだ!私の娘だ!それをあんたが庇った。実の父親だからだっ!娘が生まれた時から、娘が自分の血筋じゃないことは知っていたんだ!私は医者だ、勤務先の大学病院でひとみが産んだんだ。情報を全部見たんだ・・・私はあなたを責めてるんじゃない!感謝してるんだ。

今、玄武元刑事が、田浦鴻明が犯人だというのは嘘だと気付いて、あの事件を再調査してるんだ!だから、ほのかを救うために、もう一度あんたに刑務所に入って欲しいと頼みに来たんだ!」

そう叫ぶと、やっと田浦は足を止めて振り返り「どういうことだ?」と訊いてきた。

やっと落ち着いて話ができると思った。呼吸を整えてから「ひとみに会いたいと言って、玄武が家に来たんだ。田浦の事件を再調査してると言ってるのを聞いたんだ」そう話した。

「どうして今頃?」

「玄武は去年刑事を定年になって、家族にあの事件が心残りだと言ったそうだ」

「刑事じゃなかったら調べたってどってことないだろう?」

「彼がえん罪だと言って騒いでもそう思うか?その時、ほのかはどう感じると思う?」

「・・・俺に、どうすれって言うんだ?」

「いずれ、あんたの所に彼は来る。その時に、これを冷やしてから飲んでくれと渡すんだ」

そう言って私はビニール袋に入れた紙パックの野菜ジュースを田浦に見せた。

「そんなの渡してどうなる?」

「毒が入ってる」

「えっ」と言って田浦は一歩引いた。

「どうだ、ほのかの為にやってくれないか?」

「あんたが、直接やったらどうなのよ?」

「私が捕まったら、どう言えば良いんだ?玄武を殺す理由は私には無いし、玄武が田浦鴻明を調べてることは、玄武が死んだらすぐばれるだろう。

そうすると、警察は、私が家族を庇ったと考えるだろう。そしてあんたがあの事件の真犯人でないとしたら、誰を庇ったのかと考えた時、ひとみは別れてから十年以上経っているから、ノーだ。つまり、ほのかしかいなくなる。あの時もほのかは家にいたんだ。殺害現場まで200メートル程しかない。そう推理してゆくはずだ」

「わかった、もう、わかったよ。やるよ、俺がそれを渡せば良いんだな」田浦は開き直ったのか、覚悟したのかはっきりしない表情を浮かべ手を差し出した。

「そうだ、そして万が一、ほのかに警察の手が伸びた時は、これを部屋に隠し持っていて自首してくれ」

そう言って私は田浦に、毒を仕込む時に使ったカッターや綿棒、ビニール手袋、とろみ剤などを袋に入れて渡して「ビニール手袋に一回は手をいれてくれな」と付け加えた。

田浦はそれも受け取って「その代わり、ほのかは絶対幸せにな!」そう言って保養所へ帰って行った。

 

 

「あなた、お風呂は?」ひとみの声で我に返った。

「おう、今入るわ~」そう答えて腰を上げた。

 

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