第15話

 しばし間があって、少しお腹を大きくした女性が「娘の愛里ほのかです」と言って応接室に入って来た。早速、静が「あらぁ、おめでたですのんか?」と訊く。

娘は笑顔で「えぇ5か月になります」と答えた。                  

 警部が結婚の絡みを質問すると、娘は、1年ちょっと前に職場結婚し、ここの三階に親と二世帯で住んでいる、と話した。

「あら~それは産前産後、助かるわねぇ、ここだと看護師さんもたくさんいるし」

「えぇそう言う意味では良い環境です。で、私に何か?」問いかけるときに俯き加減になってお腹を擦る。

「一応15年前の殺人事件の関係者全員にお話を訊いているんです。その時の担当刑事が退職したんですけど、その事件を個人で調べ直そうとして殺害されたもんですから」

そう警部に言われて娘は納得したようだった。

「それで、玄武勇刑事に事件のとき会いました?」

「えぇ話はしたことないけど、私、確か中学生で親のとこに来て挨拶だけしたかな」顎に手を当て思い出そうとしている風に見える。

「そう、田浦鴻明さんは知ってる?」

「知りません」娘はお腹を頻りに擦りながらはっきりと答えた。

「哀園るりさんは?」と訊かれ、娘は擦っていた手を一旦止め、また擦りながら「いやぁ、記憶ないです」と答えた。

一心が見ていると、目を落とし加減で警部を正視して話すことは無かったように見えた。何かあるのだろうか。

「一心、静、何かある?」そう言って警部が俺らを見るので、俺は手を振った。

警部がお腹を大事にねと言って聞き取りは終了した。

 病院は午後6時までやっているので、一旦辞去し6時半頃再度お邪魔することにした。

 

 早速、ちょっと早い夕食を摂ることにした。次は盛岡の名物だというじゃじゃ麺だ、車で10分位の所に県警で勧められた店があるはずだった。

静は店に入るなり割烹着姿に変身する。

 うどんっぽい麺はもちもちしていて、キュウリとネギがたっぷり載せられ、更にその上に特製だという味噌が載っている。味噌を麺の色が変わるまで充分混ぜてから食べるらしい。一心はラー油とにんにくを加えようとしたが、にんにくは臭いがするので静に止められた。

味噌の味が絶品で美味かった。静も警部も満面の笑顔で腹を擦っている。

 それから一旦ホテルへ行ってチェックインだけ済ませ、午後6時15分頃下藤宅へ向かった。

 

 病院は閉まっているので、横へ回ると普通の個宅の5軒か6軒分はある病院の大きさに驚かされた。その自宅のインターホンを鳴らして、二階の応接室で下藤爽太を待たせてもらう。

そんなに時間を空けずに「お待たせしました」と言って下藤爽太医師が応接室に入ってきた。

警部が手帳を開いて挨拶をし、俺らを紹介した。

頷いた先生は不安なのか頻りに白衣の襟や袖を弄っている。

「玄武勇さんは知っていますか?」警部が質問を始めた。

「はい、昔、殺人事件で家に話を訊きにきた刑事さんですよね」

「そうです、そして今回の殺人事件の被害者でもあります」警部も先生の表情を窺っているようだが、変化はなかった。

「先生は医者だから、トリカブトからアコニチンなどの毒を抽出することは出来ますよね?」警部が訊くと淡々と「はい出来ますよ」と答える。

「田浦鴻明さんは知ってますか?」

「はい、あの時の犯人。一緒にスナックで飲んだこともあった」先生は特段表情も変えずに語る。

「田浦鴻明さんの、今いる場所は知ってますか?」と訊かれ「知りません」と即答する。

「じゃぁ、剣が崎の保養所へ行ったことは?」との質問にも間を空けず「ありません」と答えた。

 続いて一心から質問をする。

「東京の大学病院から盛岡の大学病院へ移ったのはどうしてですか?」

「あ~あれは前から言われてたんですよ。ただ、娘が大学出るまでは、と言って断ってたんですが、どうしても人が足りなくなって困ってるんだと恩師に言われて、妻も仕方ないと言ってくれたので移ったんです」

「でも、何年も経たずに独立開業しましたよね?」

「えぇこの地区に病院が全く無くて、住民からも行政からも誰か開業しないか、という要請が沢山あったんですよ。大学病院で、人がいない、と言っていたのもそれを考えての事だったんです。ですから、端から僕を独立させて地域医療に貢献するというのが狙いだったようです。それで市が土地を提供してくれて、建築費用とか医師の応援体制とか看護師とか、市と大学病院で色々とお膳立てをしてくれて、それで開業したって訳です」

「なあるほど、あと野菜ジュースは飲まれますか?」警部が訊いても「たまあにね」と先生は相変わらず表情を変えない。

「哀園るりはご存じで?」

「え~、聞いたことあるけど・・・」腕組みをし暫く考えてから「あ~そうだ、田浦鴻明に殺害された女性だぁ。違いますか?」と応じる。

「そうです。お付き合いは?」

「確か、行きつけの居酒屋の店員さんで、時々スナックでも顔を見たことはありましたねぇ」

「お付き合いは無かったんですか?」

「それはないです。そもそも一人では行ったこと無いし、いつも医師とか看護師の仲間と一緒だったんで・・・で、刑事さん、昔の事件のことばかり訊くけど、玄武勇さんの殺人事件を捜査してるんですよね?」先生が警部の質問に首を傾げ、逆に質問をしてきた。

「勿論、そうです。玄武勇さんの行動を追うと、田浦鴻明さんを探してあの事件のことを訊こうとしてたようなんです。それで、我々も何故そんなことをしたのか捜査してるわけです」

 夫人が警部の話の途中でお茶を淹れてきたので、前かがみで話していた先生や一心らは背もたれに体を預け一息ついた。

「剣が崎温泉って良いとこどすなぁ」静は背筋を伸ばしてソファに浅く腰掛けたまま夫人に話しかける。

「えぇ私も何回か行ったけど、朝日がとっても綺麗で・・・行ったんですか?」夫人がにこやかに応じる。

「へぇ、ついこないだどす、そうそう、殺人事件のあった日ぃですわ。今度は事件のない日ぃに行きたいなと思うとります」

「奥さんは京都ですか?」夫人が静の着物や帯などを見つめて言う。

「へえ、東京の大学に入るまでは、それからこん人に騙されてず~っと東京やけど、言葉は抜けへんのです」

夫人は、ふふふ、と笑って「それで着物なんですねぇ、綺麗ですねぇ」と目を輝かせる。

「こんな大したことおまへん、こちらみたいなお医者様のお宅と違ごうてうちは貧乏やさかい」

「そんなことないです。私らも借金あるし、必死ですよ」と笑う。

「ほんまですか?でもお孫さんも生まれるようやし、美人三世代でよろしおすなぁ」静がそう言うと「いえ、まだお腹の子がどっちなのか分かってないんですよ」と夫人が笑いながら答える。

「あら、ごめんなさい。娘さんお父さんとお母さんの良いとこどりで美人やさかい、つい・・・」静がそう言うと、夫婦は揃って一瞬ビクッとして顔色を変えた。

「ごめんなさい、お話し中」そう言って夫人はあたふたと部屋を出て行った。

「いやあ、これが余計なお喋りをしてすみませんでした。これで失礼します。色々ありがとうございました」一心はそう言って、淹れて貰ったお茶を啜って腰を上げた。

 

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