第14話

 浅草から東京駅へ出て、そこから新幹線で盛岡まで3時間40分程の旅になった。

静はやはり着物だ。落ち着いた感じの緑青色の中に、明るい様々な色の小さな花々が何カ所かに描かれている。銀鼠色系の帯が品の良さを醸し出している。同伴している一心は深緑色のジャケットに黒っぽいパンツ姿、決してお似合いとは言えないかもしれないし、丘頭警部は黒のスーツだから、他人の目にはバラバラで連れには見えないだろう。

 おまけに静が着物の替えを持って来ているので、大きなキャリーバッグを二つも持たされている俺は汗だくだ。本当に、嫌になっちゃうぜ。

 盛岡駅前から県警のパトカーに乗せてもらい県警本部に向かった。途中、北上川を渡る時、遠くに美しい稜線を持つ岩手山が見えて、地方都市らしい素晴らしい景観だった。県警本部に着いて挨拶をして覆面を借りる時、盛岡と言ったら、冷麺、じゃじゃ麺とわんこそばだと教えられ、一心は楽しみで腹が鳴る。しかし、静は汁がはねる麺類は着物が汚れるので嫌うだろうから、話の持っていき方が重要になると思っていた。警部の麺好きは訊かなくても分かっている。

 覆面で下藤の病院へ向かおうとして時計をみると、丁度昼食時間帯だったので、一心は「昼飯に盛岡名物と県警でも言ってた冷麺でも食うか?」と言って静の反応を見る。

「ええやないですか。あても食べてみとうおすなぁ」すんなり同意した。一心はちょっと驚いたが「警部もいいよな?」と警部を見ると頷いているので、県警で教えて貰った冷麺の専門店に向かった。

 

 透明感の有る麵にはもちもち感があり、透明なスープにはコクもあって美味しかった。驚いた事に、注文した後、静がなんと汁の跳ねを端から想定していてカラフルな割烹着を着たのだ。

「せやかて、汚れちゃあかんでひょ」飄々として言い、ずずずずっ~っと勢いよく麺を啜るのを見て、警部と顔を見合わせにっと笑った。

 

 二時半に下藤爽太の開業した病院に着き、受付で「電話した岡引一心です。下藤ひとみさんに会いたい」と告げると、その女性に二階の応接室へ案内された。

10分程待たされて、ひとみ夫人が看護師姿のままで現れた。警部が手帳を開いて挨拶をし俺らを紹介して、早速ですがと言って話を始める。

「先ず、玄武勇さんはご存知ですか?」と訊いた。

夫人は緊張し肩と膝の上に置いている拳に力が入っている。

「はい、確か刑事さんで、昔の殺人事件と関りのある人全員に、哀園るりさんと揉めていた人を知りませんか?みたいなことを訊き回っていた方だと思います。何週間か前にここへ来た時に名乗ってました」看護師らしくきびきびした動作に言葉だ。

「今回は、何の用事で来たんでしょう?」

「その時の犯人だった田浦鴻明さんを探している、と言ってました」

警部は首を捻って「何故、玄武勇は裁判も終わっている事件を調べていたのでしょう?」と訊いたが、理由は聞いてないと言う。

「奥さんは田浦鴻明さんを知ってますよね?今どうしているか知ってますか?」

「はい、結婚前お付き合いしてましたから。でも、今どうしているかは知りません」夫人は頻りに襟元を直したり、髪を撫でたりしている。

「実は玄武勇さんが殺害されまして」と言うと、夫人はピクリと眉を動かした。

警部が続けて「それで玄武勇さんの奥さんが、田浦鴻明さんを探しに東北へ行くと言って家を出た、と仰ってたので、それで田浦鴻明さんの事件に絡んで何かあるのかなと考え、過去の調書からその事件の関係者全員にお話を伺っている所なんです」

そう聞いて夫人は安心したのか、表情が少し和らいだ。

「じゃあ、今田浦さんは剣が崎の保養所にいるんですけど、会ってはいないですか?」

「え~県内に居たんですねぇ、今知りました」

一心は下藤ひとみのいう事に嘘はないような感じを受けた。

「あと、関係者全員にお訊きしてるんですが、4月17日水曜日はどこにいらっしゃいました?」

警部がそう訊くと夫人は「平日は仕事です」と言う。「夜は?」と訊くと「家に戻るのはいつも8時過ぎるので、それから食事してお風呂に入ってからテレビを見たりして、11時には寝ないと翌日も仕事ですから」と答える。

警部は成程と思ったようだが、一心は、今回に限って当日のアリバイは役に立たないと思っていた。

警部が思い出したように「あっそうだ、奥さん、ご自宅で紙パックの野菜ジュースなんか飲みます?」と尋ねた。

「いえ~、滅多に飲みません栄養不足を感じたら点滴しますんで」流石医者の家庭だ。

「ところで、哀園るりさんはご存知ですか?」

夫人は暫く考えて「昔、独身の頃友人と行ったスナックの従業員?居酒屋だったかな?・・・ごめんなさい、聞いた記憶あるんですがはっきり思い出せないです」

「そうですか、哀園るりは田浦さんが殺害した人です」と警部が言うと、夫人はビックリした様子で「そうでしたか、知ってたけど、友達とかではありませんでした」と答えた。

 

 一通りの話を聞いた警部が「今、娘さんは?居たら少しお話を・・・」そう言った途端、夫人の表情が険しくなる。

「娘はその事件には関係ないと思いますが、何か?」

「すみません、一応、調書にお名前あるもんですから、会っていかないと上司に叱られるもんで・・・」と警部は誤魔化す。

夫人は納得したのか、少し待ってて下さいと言って、応接室を出て行った。

 

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