第6話
しょうがなく連泊することになった一心の所へ「田浦鴻明がこの旅館から15キロ程離れた剣が崎保養所にいる事が分かったので、これから迎えに行きます、一緒に行きましょう」と佐藤刑事が言ってきた。
全く俺の事情を考えていない、困ったやつだと言おうとすると、静はもう出かける準備をしていた。
「えっお前もいくのか?」
「勿論、あて一人じゃ暇やし、あきまへんか?」俺を見つめて言う。
「い、いや、ダメということはない」
そういう訳で、佐藤刑事と後輩の吉川刑事と俺らの4人で田浦鴻明に会う事になった。
佐藤刑事はにやりとして「ありがとうございます。やっと、その気になったんですね。いやぁ、静さんのおかげです」そう言って俺ではなく、静の方を向いて頭を下げる。腹立たしい奴だが、隣で静が喜んでいるので下手に水を差すと、またボクサー色の眼光を向けられるので我慢。
旅館から保養所までは20分程かかった。外観は高級老人ホーム的な雰囲気のある建物だ。
看護師が連れてきた田浦鴻明は60になりたてのはずだが、すっかり老け込み80過ぎの爺さんにしか見えない。病気持ちなのか顔色が悪い。
一心は田浦鴻明に幼少期から事件までの暮らし振りを尋ねた。
母子家庭だったようだ、父親は名前も知らないと言う。母親は難病で生活保護を受けていて、田浦は生活費の足しにと中学生の時から新聞配達をしていた。そして、母を救いたいと医者を目指していたが、学力が足りず、浅草の薬科大学に進んだ。しかし、大学2年のとき母親は亡くなってしまった。
一時は気力を失い乱れた生活もしたが、天国の母親の前で恥ずかしい真似はできないと思い直して、4年で大学を卒業して大手の製薬会社に就職した。そこで営業をしている時、社内恋愛をし甲山ひまりと結婚した。
しかし、夫婦仲は長続きせず結婚から3年程して、田浦は、妻の不倫相手が自分の上司だと知り、怒りに任せて提訴した。それが社内に知れ渡り、その上司は将来を期待されていたが解雇、ひまりも退職した。その上、ひまりは、上司との破局、上司の妻からの慰謝料請求、離婚話などから将来に絶望し思い詰めて自殺してしまった。
一方、田浦は雲野ひとみと不倫をしていた。しかし、ひとみが下藤爽太からプロポーズされたこと、田浦自身が上司を訴えた絡みで表面的に別れようと言ったことから、ひとみは本当に田浦と別れて下藤と結婚すると言い出したようだ。
それで、田浦は仕方なく不倫を解消し、会社を辞めた。
生活は乱れ酒に溺れる日々が続いた。
その後、田浦は元上司と百万円を貰って和解したが、事件まで定職には就かずその金や退職金を使い果たし、哀園るりに貸した20万円が自分にとっても必要になり、催促したら「返さない」と開き直られ、かっとして刺してしまった。
そう語った田浦の言葉と調書の記載内容に矛盾はなかった。
「田浦さん、その20万円は預金していたお金ですか?」一心は田浦の顔色を窺いながら訊いた。
「サラリーマンしてる時には、そのくらいは預金にあったから」表情を変えず答える田浦に重ねて訊く。
「銀行から下ろしたのは事件のどれくらい前?」田浦はちょっと考えてから「貸したのが事件の一月前だから、その当日か前日だなぁ、はっきり日付までは覚えていない」と返した。
「そうすると、事件の一月前には生活に余裕があったのに、事件の頃には生活に困っていたという事ですね」突っ込むと、田浦の目が一瞬泳いだ。一心はそれを見逃さなかった。
田浦は「あぁ」と吐き捨てるように返事をした。
「哀園るりが金を貸してくれと言ったのはどこ?」一心は田浦の嘘を見抜こうとしてさらに質問を重ねた。
「あそこだよ、あそこ・・・」思い出せないのか?ふりなのか?考えている風だ。
「そう、スナックスポットだ。俺もるりもそこへは良く行ったんだ、で、偶々会って色々話しているうちに金の話になったんだ」
「哀園るりは金もないのによくスナックへ行けましたねぇ?」
「たかりだよ、た・か・り・いい男見つけて誘って金貰ってホテル行って、そんな女だよ哀園るりは」
「貴方もその口ですか?」
「若い頃はな。結構いい女だったんだ。だが、男も女も40過ぎたらそっちの方も興味半減さ」
「借りたい理由は?」
「おい、おい、俺は関りのある玄武元刑事の殺害事件っていうから協力するって言ったけどよ、昔の事件の事なんか思い出したくもないのに、探偵だかなんだか知らんけど、もう勘弁してくれ」
「いやぁ、申しわけない。あと一つだけ訊かせて、殺害現場からみて貴方と被害者の住まいや職場が遠いんだけど、現場近くに何かあったの?」
「よく覚えちゃいないが、確かあいつがその近くに用事があると言ったので、駅で待ち合わせしたんだ。そこから、あれこれ喋って現場へ行ったんだ。そういうこと。これで終わりだぞ」
「玄武元刑事はここへ来たんですか?」
「2度来たようだが、一度目は俺が外出してて会えず。二度目はここで散歩中に会った」田浦は隠す風でもなくすらすらと喋った。
「何を、訊かれました?」
「るりを殺したのは、本当にお前かってさ。だから、自分がやっちゃいねえのに犯行を認めるバカはいないって、刺した包丁だって捨てる前に警察に踏み込まれ押収されたってのによ」
「質問はそれだけ?」
「おう、それだけだ」
「そうすると、貴方は哀園るりに会う前から殺すつもりで包丁を持っていたことになりますね?」
「だから、別に殺そうなんて思っちゃいなかったが、万一の時ってことだ」
田浦は明らかにイラついて目が落ち着かなくなってきている。一心はこの辺が引き際だと思った。
帰り掛けに看護師に田浦の体調を尋ねると、末期の癌だと言う。本人も知っていると教えられた。
旅館への帰り道、一心は指示書の修正が必要だと思った。
「佐藤刑事、田浦の銀行取引の履歴は、製薬会社退職後の全期間だな。哀園るりの調査もしっかりな、金で体売るってことは現金しか動かないから銀行系やサラ金、闇金とか、金貸すところを徹底的に調査やれよ!」佐藤刑事は言われたことを一生懸命にメモしている。真面目だがそのくらい言われなくても思いつけ、と言いたい一心だった。
「あ~そうそう、哀園るりが言った、殺害現場近くの用事って何だったかも洗えな」
言われた佐藤刑事は目を大きく見開いて「そんな事まで捜査するんですか?」ときた。
「佐藤!疑問はどんなに小さくても一つ残らず調べるんだ。肝に命じとけ!」少しきつくいうと、静が「あんさん、そないにきつぅ言わはらんでも、えぇやないか。佐藤さん可哀想やわ」とすぐ庇うから、余計一心はきつく言いたくなる。
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