第3話

「なんで、猫なんだ」

 不可解な点は色々あって、むしろありすぎたが故に混乱した僕はそんなことを彼女に訊いた。古藤さんもその質問は予想外だったようで一瞬きょとんとしたが、すぐに気を取り直す。

「やっぱり泥棒の家族は泥棒猫かなって思うんだよね」

 古藤さんは本棚の上に置かれたケージを撫でた。その手に猫が内側から爪を立てようとして「おっと」と彼女は檻から手を離す。

 部屋の至る所にケージが置かれていた。テーブルの下、椅子の座面、テレビの横、ソファのひじ掛けの上、そのすべての檻の中に猫がいて、機嫌の悪そうな鳴き声を喚かせる。

「ここにいる子たちはみんな泥棒なんだよ」

「ここにいるのはクラスのやつらの家族だ」

「それはそうだね。でもこの子たちを盗まれたのは、この子たちが泥棒だったからだ」

 はっきりと言い切って「なんで泥棒猫なんて言葉があるか知ってる?」と続けた。僕は首を横に振る。

「猫って昔、誰の家にでも入り込んで食べ物を盗んでたみたいだよ。だから泥棒って言われてたんだって」

 僕の「へえ」という小さな相槌は、どこかの猫が金属の檻に身体をぶつけた音で掻き消えた。彼女はそちらに見向きもしない。

「だから実験してみたの。クラスのみんなの家の近くにケージを置いて、その中に猫の好きなおやつを置いといたんだ。ほら、あの猫が夢中になるやつね」

 そこで彼女は呆れたような笑みを浮かべて、両手を広げた。

 こちらがその結果です、と言わんばかりに。

「そしたら、みんな捕まってた」

 なるほど。ペットでも猫は放し飼いされている家が多い。

 そうでなくとも、猫が外に出たいと訴えれば窓を開けてしまう飼い主もいるだろう。なぜか猫だけは自由の幅が広い。

 そして、その隙に盗みを働く猫もいるのか。

「愉快だと思わない?」

 猫の不機嫌な声が明るいリビングに響く。その両目の瞳孔は細く、可愛さよりもずる賢さのほうが強調されて見える。

 古藤さんは近くの猫と目を合わせて、にこりと微笑んだ。

「嘘つきが馬鹿を見るなんてさ」

 その微笑はあまりに純粋に見えて、ぞっとした。

 彼女と話しているうちになんとか少しずつ落ち着きを取り戻してきた僕はようやく本題に切り込む。

「それで、なんで僕を家に入れたんだよ」

「新開くんがうちに来たいって言ったからだよ」

「適当な理由つけて拒否するとかあっただろ」

「それじゃ嘘つきになっちゃうじゃん」

 我儘を言う子供のように古藤さんは唇を尖らせる。嘘をつきたくないのはわかるが、この後の展開を彼女は想像しないのか。

「警察を呼ぶよ」

 僕はポケットのスマートフォンに触れた。彼女は特にうろたえもせずこちらを見ている。

 ただ静かに、事の行く末を見守っている。

「僕を家に上げてまずいことになる、とは思わなかったの」

「思わなくもなかった」

「じゃあなんで」

「なんでだろうねえ。まあ何にせよ、ここで嘘をついたら前提がひっくり返っちゃう。正直に生きて捕まるならそれが結論だよ。正直者は結局、馬鹿を見た」

 正直者は馬鹿を見るだけ? 彼女の問いが蘇る。

 どうして彼女はこんなにもそこにこだわるんだろう。

「古藤さんは嘘つきが嫌いなの?」

 彼女の答えは僕の予想を少し外す。

「嫌いじゃないよ。苦手なだけ」

 アレルギーみたいなものだよ、と古藤さんは笑った。

 わかりやすいなと苦笑いしながら、それなら彼女にも僕と同じように絶望した瞬間があるのかもしれないと思った。

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