第2話
僕がそれに気付いたのは偶然だった。
事の発端は、昨日の四時間目の国語の授業。僕が教科書を忘れてしまったことから始まる。
「ごめん古藤さん。教科書見せてくれない? 忘れちゃって」
「うん、いいよ。じゃあ
「ありがとう」
僕は自分の机を彼女のほうに寄せる。こつんと天板の短辺がぶつかって、古藤さんはその境界に背表紙を乗せて教科書を開いた。
開かれたページには『猫の話』とある。
僕は以前それを読んだことがあった。あまり気持ちのいい内容ではなかった気がする。
「わ、猫だって」
しかし未読のクラスメイトたちは沸き立った。
なぜならこのクラスでは僕と古藤さん以外、クラスメイト全員が猫を飼っているからだ。
いいことだと思う。動物に愛情を持って飼育するのはきっといい経験になるだろう。
けれど重度の猫アレルギー持ちの僕からすれば、この教室は地獄みたいな場所だった。
誰もが髪や制服に猫の要素をくっつけて登校してくるから常に目薬とマスクが手放せない。担任の許可を得て窓際の端の席に座らせてもらってはいるが、緩和策に過ぎなかった。
教室が猫に覆われている。
そう考えただけで鼻がむずむずしてきて、僕はくしゃみをひとつした。
「猫アレルギーって文字にも反応するの?」
一人暮らしで面倒見られないから、と猫を飼わない古藤さんは茶化すように言う。この教室で彼女だけが僕のオアシスだ。
「するわけないだろ。でも想像力には反応する」
「想像力は簡単に人を傷つけちゃうからね」
それから古藤さんは「はい、ティッシュ」と僕にポケットティッシュを差し出した。
地獄に毎日登校しなければならない僕はいつも十全な装備を整えている。ティッシュくらい小さな池なら干上がらせることができるくらいの量を持っているのだが、目の前のこれは彼女の優しさだ。不意にはできない。
「ありがとう。助かるよ」
僕は彼女の手からティッシュを受け取る。
そして、授業が始まった。授業が進んでいくにつれてクラスの温度は冷めていく。まあそうだろうな、と僕は思いながら指先を掻いた。
――指先が痒い、と気付いたのはそのときだ。
ふと見れば、右手の指先が微かに赤くなっていた。これは知っている。はじめて僕がアレルギーを自覚したときと同じだ。
猫に触れたときの皮膚の炎症。
どこで、と僕は考えながら指先に薬を塗布する。猫には触っていない。クラスメイトにも触れていないし、僕の机や持ち物はいつも入念に磨いている。それなのに、どこで。
視線を巡らせると、机の上のポケットティッシュが目に入った。
「……古藤さんって、猫飼い始めたりした?」
その場ではなんとなく訊けず、放課後になってようやく尋ねられた僕に彼女は正直に答える。
「飼ってないけど、猫はいるよ」
僕はその答えの意味がわからなかった。
翌日、クラス中で「うちの猫がいなくなった」という騒ぎが起きるまでは。
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