第34話「躾が必要みたいだ」



「フハハハハハ! 貴様の察しの通りだよ、デュアリス! このゴライアスは貴様の『破壊の黒』の力を埋め込み、そのパワーを最大限まで引き出せるよう調整した攻撃特化型のバリアンビーストだ! かつての己の力をその身で受けた気分はどうだァ?」


「クロの、力を……!?」


「おかげでコイツを制御するには私が近くで直接コントロールしなければならないが……このゴライアスも所詮、より優秀なバリアンビーストを生み出すための通過点に過ぎん。貴様を始末してメテオキックを連れ帰るには十分だ!」


 スペクターは愉快そうに笑い、その隣でゴライアスは猛獣の如き荒い呼吸を繰り返しながら次の命令を待っている。


 確かに知能は低そうだが、スペクターによって完全に支配されているようだ。

 おまけにゴライアスはこれまでのバリアンビーストとは比較にならない程のパワーを持っている。


 このまま戦闘をするのは危険だ。


 俺は体の再生に能力を集中させて自力で体を起こそうとするが、足の骨が折れているのか、立ち上がることが出来ない。

 側にいる砕華の口から奥歯をギリッと噛み締めるような音が聞こえた。


「よくも衛士をッ! はぁぁぁぁ!!」


 ゴライアスへ向き直った砕華の纏うオーラが苛烈さを増している。

 このままゴライアスに蹴りかかるつもりだ。


「砕、華っ……!」


流星シューティング! 一蹴ワンッ!」


 砕華は地面を蹴りってゴライアスへ素早く肉薄、その胴体目掛けて必殺の回し蹴りを繰り出す。

 いつものメテオキックならば、それで勝負は決したことだろう。


『オオオアアアアアッ!!』


 だが、砕華の蹴りがゴライアスを破壊することはなかった。

 なぜなら砕華の蹴りと同時にゴライアスが放った右拳によって、彼女の蹴りは完全に阻まれていたからだ。


「うそ!? なんで、アタシの蹴りが……!?」


『オオッ!』


「うぐっ!」


 ゴライアスは空いた左手で砕華の首を掴み、その体を宙に持ち上げた。


「砕華!!」


「このっ、クソゴリラ! 放せ! 放せってば!」


 砕華はジタバタともがいて拘束を解こうとするが、ゴライアスはびくともしない。

 

 おかしい。

 砕華なら一撃でビーストを破壊出来るはずなのに、普段の半分の力も出せていないように見える。


 まさか――。


「残念だったねぇ、さいちゃん。ゴライアスのパワーはメテオキックに匹敵するんだ。そして今の君は先のデュアリスとの戦闘によって疲弊し、そのパフォーマンスは十全ではない。つまり君はゴライアスに勝てないんだよ!」


「くっ」


 俺は己を恥じた。砕華が全力を出せない理由は、俺が攻撃したからだ。


 砕華は俺を止めるために、何度も殴られた。俺が何度も殴ってしまった。

 いくら砕華の体が頑丈とはいえ、その体にダメージが蓄積している。

 そして砕華はビーストを粉砕する力は長けていても、ほとんどの戦闘で傷を負うことがない。

 故に、ダメージの蓄積に慣れていないのだ。


 ついに己の娘を捕まえたスペクターはマスク越しに卑しい笑声を漏らしながら、舐めまわす様な視線で砕華の肢体を眺める。


「さぁ今日こそ帰ろう、さいちゃん。これからは忙しくなるからね。まずは君をビースト達の母体にする準備をしなくてはならない。そうしたら記念すべき第一号はゴライアスとの配合にしよう。さいちゃんとゴライアスを掛け合わせれば、きっと史上最強のビーストが生まれるはずだ。楽しみだねえ?」


「ふ……ざけんじゃ、ねーし! 誰が、こんなゴリラなんかの……!」


「うーん、どうやらその前に躾が必要みたいだ」


『オオアァッ!』


「あがっ……はっ……!?」


「砕華!?」


 スペクターが手を翳すと、砕華の首を掴むゴライアスの手に力が込められていき、砕華の口から苦し気な声が漏れ出る。

 まずい、砕華の首が絞まっている。


 あのままでは窒息してしまう。


「やめろ、スペクター! 娘を殺す気か!?」


「これは躾だ、貴様は黙って見ていろ! と言っても、もはやかつての力もない貴様にはなにも出来ないだろうがなァ? フハハハハッ!」


 高笑いするスペクターに俺は反論することが出来なかった。

 奴の言う通り、クロを失った今の俺にはビーストの力が半分しか残っておらず、『再生の白』の能力は戦闘向きではない。


 今の俺が立ち向かったところで、メテオキックに匹敵するパワーを持つゴライアスに勝機があるかどうか――。


「えい……じ……」


「!」


 咄嗟に砕華の藍色の瞳と目が合い、俺は気付いた。


 砕華のそれは、俺に助けを求めるものではなく俺の身を案じる眼差しだったのだ。

 耐え難いほど辛いはずなのに、それでも砕華は俺の心配をしていた。


『パンッ!』


 俺は己の頬を力強く叩いた。


 なにが勝機はあるかどうか、だ。

 勝てるか勝てないかじゃない。

 

 俺が、砕華を助けるんだ!

 こんな俺を受け入れてくれた砕華を、大好きなあの子を!


 絶対に! 絶対に!!


「ぐっ……おおおおおおああああああああああああッ!!」


 咆哮を上げ、全身に力を込めて能力で足を修復した俺は、痛みに耐えながら立ち上がる。

 体の傷は治りきっていない。


 だが、それがどうした。

 手足は動くのだから、あとは砕華を解放する方法だけじゃないか。


 考えろ、奴を圧倒し砕華を救う方法を。

 俺に出来ることを。




 ――ちゃんと生きろよ、シロ。




 その時、俺の中からクロの声が聞こえた気がした。


 しかしそんなはずはない。なぜならクロはもう俺の中にいないのだから。

 今の声は、俺の中にあったクロの残滓が起こした錯覚のようなものだ。

 

 残滓――その言葉が脳裏を過った俺はふと自分の体の中を探り、そこに残っていた「力」の存在に気付く。


 そして確信した。

 俺は、いやは、ゴライアスを倒せると。


「はぁッ!」


 俺は右足を翼の模様が施された白銀の具足に変え、地面を力強く踏み締める。


 今の俺に全身を変える余裕などない。

 ただ一撃を叩きこむことだけを考えろ。


 俺が力を放出したことに気付いたスペクターが、鼻で笑う。


「ふん! 愚かにも歯向かう気か? 貴様の力ではゴライアスのパワーには到底――」


 俺は『再生の白』を使い、俺の中に残っていたを呼び起こす。




本気マジ――解放モード!」


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