第6章 かつて自分勝手だったヒーロー達

第33話「マジで許さないッ!」


 静寂に包まれた雑木林の中で、俺は子供の様に泣いていた。


 戻って来た砕華に抱擁され、慰められながら俺は涙が枯れるまで泣き続けた。

 今まで俺の中にあって当然だった存在が、かけがえのない存在が消え去ったことで押し寄せる喪失と悲壮の渦に、俺は耐えきれなかったのだ。


 俺とクロは二心一体の存在だった。

 孤独だった俺の側にずっといてくれた。


 きっと家族とも、兄弟とも、友人とも違う、もう一人の自分。

 決して失ってはいけなかったもの。


 それはもう、俺の中にいない。


「衛士」


 俺の頭を撫でながら砕華が優しい声で囁く。


「衛士の辛さは、正直アタシには測りきれない。だから、今はクロの代わりにずっと側にいるから、思いっきり泣いていいよ。全部受け止めたげる」


 砕華の優しさに、俺はそのまま甘えてしまいそうになる。

 クロの穴を砕華で埋めようと考えてしまう。


 だが、俺はすぐに頭を横に振った。

 クロの最期の言葉を思い出したからだ。


「ちゃんと生きろ」という言葉を。


 俺は砕華の抱擁を優しく解き、彼女の手を握りながら輝く藍色の瞳を見つめる。


「砕華、本当にごめん。俺は君をずっと騙して、自分のことすら偽っていた」


「もう、そのことはいいって。あのクソオヤジはゼッタイ許さんけど」


「出来ることなら、俺は君の側にいたい。君の隣で俺らしく生きたい。自分のためにも、そしてクロのためにも」


「うん。生きよう。二人一緒なら大丈夫だよ」


 砕華は握った手を強く握り返し、俺の瞳を見つめ返してくれる。

 彼女の決意と心意が伝わって来るようで胸が熱くなってくる。


 期待に応えたい。

 だから俺はここに誓いを立てよう。


 自らの足で立ち、ちゃんと生きるために――。




「まさかここまで無能だったとはな」




 何者かの声が聞こえた刹那、俺は急速接近する存在に気付き、すぐさま砕華を抱えてその場から飛び退く。


 ――ドゥン!!


 直後、それまで俺達がいた石畳の地面に大きな凹みが生じ、一拍遅れて人型の大きな影が衝撃を伴いながら着地した。


「くっ!」


 なんとか直撃は回避したが、続けて凄まじい衝撃波が襲来する。

 勢いに押された俺は砕華を抱えたまま数回横転した後、地面を蹴って飛び上がり、少し離れた位置に膝をついて着地する。


「衛士! 大丈夫!?」


「大丈夫だ! それより……」


 二人で共に立ち上がり、現れた何かの正体を見定める。


 それは、全身を黒一色で染め上げた三メートル強の巨人のような怪物だった。


 上半身に頑強な装甲を纏い、頭部は口より上を機械のマスクで覆っている。

 晒された口元には牙獣の如きむき出しの歯茎が覗く。

 腕部は大きく肥大化していて、上半身と下半身のバランスが悪い。まるで姿勢を真っ直ぐにして直立させたゴリラのようなフォルムだ。


『オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』


 巨人は両拳を振り上げ、けたたましい雄叫びを上げる。

 俺達にはその正体がすぐに分かった。


「バリアンビーストか!」


「ホント超キモイんだけどアイツ! マジ空気読めない!」


 現れた巨人型バリアンビーストに対し、俺たちは咄嗟に身構える。

 ところが、やって来たのはビーストだけではなかった。


「キモいとはひどいじゃないか、パパだって傷付くんだよ? さいちゃん」


 ビーストの隣には、スズメバチのような顔のフルフェイスマスクと黒い鎧で身を包む細身の男が立っていたのだ。


 俺と砕華はその姿を見て思わず目を見開く。

 まさか、ヤツが直接やって来るとは思わなかったからだ。


「スペクター・バリアント!?」


 以前のようなドローンではなく、スペクター・バリアント本人がそこにいたのだ。

 スペクターは首を傾け、俺の方を見ながら心底失望しているかのようなため息をついた。


「貴様には期待していたんだがね、デュアリス。だが私のために死ぬこともなく、己の半分を切り捨ててまで生き永らえようとは、とことん失望したよ。この裏切りは呆れを通り越して感心するほどだ」


「アンタ……マジで許さないッ!」


 罵倒された俺よりも先に砕華が怒りを顕わにし、鋭利な目でスペクターを睨む。


「親に向かってアンタとは、どうやら言葉遣いの勉強が疎かになっているようだね。それともデキの悪い友達の影響かな? だから学校に通わせるのは嫌だったんだ」


「アタシの友達をバカにすんなッ! それにアンタのこと、親なんて一ミリも思ってねーし!」


「そんなことを言う子になってしまうなんて、パパは悲しいよ……でも大丈夫だよ、さいちゃん。クズ共から離れれば君は良い子に戻れるんだ。そもそも奴らとは生きる世界が違うんだよ。さぁ私と一緒に帰ろう」


「……ッ……キレた。アンタはッ! 絶対ッ! アタシがブッとばす!!」


 スペクターの言動により怒りがさらに加速した砕華の全身から、赤色の苛烈なオーラが迸しる。

 身勝手な親に大切な友達を侮辱されて、許せるはずがない。

 当然、俺も同じ気持ちだ。


「スペクター・バリアント! 俺はもう貴方の命令に従うつもりはない! これ以上、砕華や俺の友達を侮辱するつもりなら、相応の覚悟をしてもらう!」


「思い上がるなよデュアリス! 爆弾から逃れたのは想定外だったが、貴様の死に変わりはない! 私の【ゴライアス】がいる限りなァ!」


『オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』


 スペクターがこちらに手を翳した瞬間、ゴライアスと呼ばれた巨人型ビーストが大きく跳躍し、俺に向かって凶暴な拳を振り下ろしてくる。


「ゆけ、ゴライアス! まずは裏切り者をやれ!」


 やはり狙いは俺か。

 クロを失った俺に、果たしてどこまでやれるか――。


「そんな単純な攻撃で!」


 すると砕華が素早く俺の前に出て、ゴライアスを迎撃しようと構える。

 ゴライアスの動きは直線的なので、パワー勝負なら最強のメテオキックこと砕華に分があるだろう。


 だが、俺はゴライアスの拳が纏う闇色のオーラに嫌な予感を覚えた。

 俺はゴライアスの攻撃が砕華に直撃する寸前、咄嗟に砕華を横に弾き飛ばす。


「砕華ッ!」


「衛士!?」


『オオオアアァァァッ!!』


 間一髪で回避に成功し、空を切ったビーストの拳が俺と砕華の間の空間に撃ち込まれる。

 瞬間、ビーストの拳を覆っていた闇色のオーラが強烈な重力波を全方向に拡散。

 より近い俺に圧倒的な衝撃波が襲い掛かった。


「ぐあぁっ!?」


 俺は凄まじい圧力で数メートル吹き飛ばされ、林木の幹に背中から衝突。

 あまりの威力に俺は踏ん張ることが出来ず、そのままうつ伏せで地面に落下した。


「衛士! しっかりして!」


 すぐさま砕華が駆け寄ってくれるが、まるでプレス機で圧し潰すかのような鈍痛が俺の全身を駆け巡っている。

 力が入らず、立ち上がることが出来ない。


 そしてこの圧倒的な重圧とパワーには、とても覚えがあった。


「ぐっ、あの力は、クロの……!」


 それは、超重力を操る能力が為せる技。

 かつて俺の中にあったクロの力にそっくりだった。


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