第32話「ちゃんと生きろよ」


 俺が生き残る方法が、たった一つだけ存在する。


 だがその方法を選ぶことは出来ない。

 なぜならその方法は、俺自身を殺すことと同義だからだ。

 その方法を選ぶぐらいなら、俺は死を受け入れる。


 俺は砕華のことが本当に好きだ。

 大好きだ。


 だが「俺」だけの感情を優先するわけにはいかないんだ。

 そう覚悟した……はずだった。


 ――シロ。悪いけど少し引っ込んでて。


 瞬間、俺の精神が奥底に追いやられる。

 代わりにクロが浮上し、体の主導権はクロへと移った。




 オレは胸で泣きじゃくる砕華の肩を掴み、胸から離して彼女の顔を正面に見据える。

 目を赤く腫らした砕華は一瞬不思議そうな顔をしたが、オレの顔を見て表情が少し険しくなった。


「メテオキック。少しいいかい?」


「ぐすっ……アンタ、クロでしょ。アタシを散々殴った」


「悪かったね。こっちもオマエに殺されるために必死だったんだ。でも状況が変わったから、一つ提案をしようと思って」


「提案?」


「シロを、衛士を助けられるとしたら、どうする?」


 オレの言葉を聞いた砕華は面白いぐらい目を見開いた。


「ある、の? 衛士を、助ける方法が?」


「ああ。それにはオマエの力が必要だ。オマエが協力してくれれば助けられる」


「本当に、助かるんだよね? 嘘だったら許さないし」


「オレも自分の命が懸かっているからね。嘘なんてつかないよ、絶対にね」


 ――やめろ。クロ。


 悪いね、シロ。

 今までずっと表に出られなかったんだ。

 今回は譲らないよ。


「分かった。アタシは何すればいいの?」


「オマエの『粉砕』の能力で、オレとシロの繋がりを砕いてほしい」


「繋がりを、砕く? そんなの、やったことないよ」


「オマエの力なら概念の粉砕だって出来るんだろ? それにオレがサポートする。ほら、もう迷ってる時間ないよ?」


 夜空を指差してタイムリミットを示すと、砕華は少し悩む仕草をした後に強く頷いた。


「それじゃ、オレの胸に手を当てて」


「こう?」


 オレの胸の中心に砕華の手の平が触れ、暖かな温もりと朗らかな柔らかさを感じる。

 シロを思いやる砕華の気持ちが伝わって来て、オレは確信した。


 この子なら、もう一人のオレを任せられると。


「そう。そうしたらオレの内側を探る様に、自分の意識を流し込むイメージをして」


「……」


 瞬間、砕華の意識がするするとオレ達の中に入り込んで来る。

 能力の制御は抜群だ。


「その調子。白い光と黒の光は見える?」


「ちょっと待って……あった」


 砕華が見ているのはオレとシロの精神の視覚イメージだ。


「二つの光が糸みたいなもので繋がってるだろ? それを砕いて。そうすれば衛士を救える」


「やってみる」


 砕華は意識を集中し、オレとシロの繋がりに対して粉砕能力で干渉を図る。

 電流の様なエネルギーが繋がりの糸に流し込まれ、徐々に光が強くなる。


 ――ダメだ! やめろ! クロ!


 やがて眩いほど強くなった光は糸を焼き、そして……。


 オレとシロの繋がりが砕け散った。






 砕華の能力で俺とクロの精神が分断された瞬間、俺の体は眩い光に包まれた。

 俺はその現象の正体がすぐに分かった。

 なぜなら、俺の中から大事なものが抜けていく感覚があったからだ。


 光り輝く俺の体は二つに分裂し、光が収まると同時に俺の隣に別の存在が現れた。


 現れたそれは、傲慢を司る暴虐な悪魔の鎧に身を包む黒き者。

 それはデュアリスの左側だった者――即ちクロだ。

 精神の繋がりが砕けると同時に俺とクロは二つに別たれ、それぞれが独立した存在になったのだ。


 そして、俺の中からが消えていることも分かった。


「クロッ! なにしてるんだよ、お前っ――」


 俺はクロに駆け寄ろうとする。

 だが体が別たれた影響か、足に力が入らず、俺はその場に這いつくばってしまう。


「衛士! 大丈夫!? ちょっとクロ! アンタ、衛士に何したの!?」


 砕華が俺を支えながらクロに怒りの矛を向ける。

 だがクロは意に介さず、漆黒の大翼を広げながら俺達を一瞥した。


 その瞳には、どこか寂しさが見えた。


「じゃあね、シロ。ちゃんと生きろよ。メテオキック、シロを任せたよ」


「待てよッ! クロォ!」


 直後、クロは翼を大きく羽ばたかせ、つむじ風を巻き起こしながら花火が飛び交う夜空へと飛び立った。

 その姿はものの数秒で米粒よりも小さくなり、やがて俺の視覚では捉えられなくなった。


「え、ど、どういうこと? 任せたって……」


 状況が分かっていない砕華は、混乱した様子で俺と飛び立ったクロを交互に見やる。

 

「砕華! クロを! クロを止めてくれ! アイツは爆弾を……自分一人で犠牲になるつもりなんだッ!」


「うそっ……!?」


 俺の心臓には、もう爆弾の気配がない。

 クロが全て持って行ったからだ。

 クロは自らを犠牲にして、俺の命を救おうとしているのだ。


 俺はクロに向かって必死に手を伸ばす。

 だが、その手が届くことは決してない。


「砕華っ!」


 俺の叫びを聞いて砕華が慌てて夜空へ飛翔する。

 けれど、もう間に合わない。


 ふざけるな。

 ふざけるなよ。

 俺たちずっと一緒だったじゃないか。

 お前だけが死ぬくらいなら、俺も一緒に死ぬ。死なせてくれよ。


 だから動けよ。動いてくれよ、俺の足。

 今すぐ走って、背中の翼を広げて飛んで、クロを止めさせてくれよ。

 もう一人の俺を死なせないでくれよ。


 俺を残して、逝かないでくれよ。




 次の瞬間、最後の花火が打ち上がるのと同時に、輝きを放つ大きな爆炎が夜空で弾けた。




「クロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」




 輝きは星屑となって花火とともに散り、やがて大気と混ざって消えた。


 それがクロの最期の輝きだと知っているのは、俺と砕華の二人だけだった。






 第5章 夜空に弾けた光が最後の輝きだと俺たちだけが知っている  完


 第6章(第1部 最終章)へつづく

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