第14話「今、近くにいる?」
「砕華!?」
「アタシのせいじゃないって! ママがメッセ送って来てんの! トレーニング用の水着どれがいいかって……」
合点がいった。
どうやら先程の撮影は、砕華に送るための水着の写真を撮っていた様だ。
母親自ら娘の水着を選びに来るとは、なかなか娘想いだ。
しかし、今はその思いやりが自らの娘を窮地に追い込んでいるとは夢にも思っていないだろう。
「と、とりあえずマナーモードに!」
「わかってるけど、アタシ今着替えてて……スマホ取れない!」
俺には試着室の中が見えないが、おそらく砕華は着替えながらどうにかしてスマホを掴もうとしているのだろう。
――ピロリロリン♪ ピロリロリン♪
その間にも砕華の母親からメッセージが送られてきており、特徴的な着信音が聞こえて来る。
まずい。
一度や二度ならまだしも、これだけ何度も鳴ると周囲の注意を惹きかねない。
とはいえ、さすがに砕華の母親とは距離がある。
いくらなんでも着信音だけで気取られたりはしないはず――。
「はぅあっ!?」
いや! 見ている!
砕華の母親がこちらを見ている!
正確には俺ではなく試着室の方だが、間違いなくこちらを見ながら首を傾げている!
まさか勘付いたというのだろうか?
娘のスマホの着信音すら把握しているというのだろうか?
どれだけ娘を溺愛しているというのだ。
どうする? 俺がもう一度試着室に入って砕華のスマホをマナーモードにするか?
いや、他人のスマホの使い方なんて分からないし、なにより着替え中の砕華と試着室でまた密着することになる。
間違いなく最悪手だ。
どうするべきか脳をフル回転させていると、砕華の母親はスマホに視線を戻し、なにやら操作をしている。
――ピロリロリン♪
またしても砕華のスマホが鳴る。
その瞬間、砕華の母親が再び試着室の方を見た。
同時に、試着室の中で砕華の吐息が聞こえる。
「やっとマナーモードに出来たぁ~。ママってば、今日は友達と遊ぶって言っておいたのに」
「砕華。お母さんはなんて?」
「え? えーっと……」
息を呑む砕華の小さな悲鳴が聞こえた。
メッセージの確認に時間はかからないだろう。
なぜなら最初の三件は写真で、そのあとも短い文章だろうから。
そして砕華の目には最新のメッセージが目に入り、その内容は俺も予想出来てしまう。
「い……『今、近くにいる?』って……」
砕華の声が震えている。同時に砕華の母親の方を見て、俺の体も震える。
砕華の母親は、ゆっくりとこちらへ歩いて来ていた。
ヤバイ。位置を捕捉された。
今のタイミングは間違いなく近くにメッセージの受け取り手がいることを確信したはずだ。
予感の範疇であっても、もしやと思って確認に来てもおかしくない。
「ね、ねえ衛士、もしかしてママ、こっちに来てる?」
「うん。来てる。このままだと確実に見つかる。どうにかして隠れないと」
「そんなこと言われても! 移動しようにも、床も天井も空いてないし……」
試着室が吹き抜けだったなら、砕華の脚力で音もなく隣の試着室へ移れただろう。
だが、この売り場の試着室は正面のカーテン以外に出る場所がない。
もし壁を壊して無理やり脱出したなら、それこそ砕華だと即座にバレる。
残る手立て、というか最善手は、俺がこの場を離れて追及を逃れることだ。
砕華の母親が砕華を見つけたとしても、砕華は俺について知らぬ存ぜぬで通せばいい。
そうすれば俺達の関係について問い詰められることもないし、下手な嘘をついてそれを見破られる危険もない。
「……」
俺は一歩後退ろうとして、ふと考え直す。
本当にそれでいいのか、と。
確かに俺がこの場から離れることが最善手だろうが、俺はその行為が砕華を見捨てるように感じ、抵抗感を覚えてしまっていた。
なぜだか俺は砕華の前で「逃げる」という選択肢を取りたくなかったのだ。
頭を横に振り、逃げる以外の方法を必死に模索する。
俺と砕華で口裏を合わせよう。
そうすればきっと二人の関係を誤魔化せるはずだ。
「砕華」
俺は冷静に砕華に呼びかけ、早速二人で立ち向かう相談を始める。
目前の困難を二人で退けるために。
――ところが、こちらへ向かっていた砕華の母親は、黒服の一人に呼び止められていた。
砕華の母親は黒服になにかを耳打ちされると、急いで踵を返し、黒服達を連れてどこかへ行ってしまった。
そうして瞬く間に黒づくめの集団の姿は見えなくなった。
「あれ?」
訳も分からぬまま、危機は去っていた。
「衛士!? ママ、来てる!? どどど、どーするし!?」
「いや、どこかに行った。もう大丈夫みたいだ」
「え? マ?」
「着替え終わってるなら、出てきてもいいよ」
念のため視界を広げてなるべく遠くまで見渡すが、黒服の姿は全く見えない。
砕華はカーテンから顔だけ出して左右をしきりに確認してから、試着室から素早く出た。
当然私服に着替えており、水着はまとめて片手に持っている。
「はぁ~、よかったぁ。一時はどーなるかと思った」
「まさか砕華のお母さんと会うなんてな。ここ、よく使ってるのか?」
「うーん、特に聞いたことないけど、ゆーて吉祥寺だし」
「たまたま?」
「たぶん。ホント、どんな偶然だし……」
辟易とした息を吐き、スマホを操作する砕華。
母親へメッセージを返信しているのだろう。
それにしても、砕華とのショッピングデートに選んだモールにたまたま休暇だった砕華の母親がいて、しかも同じフロアに来るなんて偶然があり得るのだろうか?
もしも砕華の動向が常に把握されているとしたらと考えると、それだけで寒気がする。
なぜなら砕華の母親は確信を持ってこの場を訪れ、俺達の関係について直接尋ねに来たのかもしれないのだから。
「砕華。念のために聞くけど、スマホの位置情報とか知られてたりしない?」
「GPSのこと? ブレスレットの方は付いてるけど、位置は本部の人じゃないと分かんないし、持ち出せるものでもないから、今のママじゃ分かんないと思うよ。だからホント偶然」
そう聞いて俺は安堵した。
出来れば今日のことは偶然であってほしい。
そして俺達の存在に気付いていないでほしい。
そう切に願うばかりである。
「それにしても、どうしていきなり帰ったんだろう?」
「なんか急な用事でも出来たんじゃない? 仕事とか」
「仕事って、つまり……」
「……あっ」
砕華の母親は、バリアント対策本部の本部長にして技術開発顧問。
すなわち彼女が急を要する仕事とはバリアントに関する案件ということだ。
――ブー! ブー! ブー! ブー!
刹那、砕華のスマホがけたたましいアラート音を響かせた。
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