第15話「お前は私が粉砕する!」


 けたたましい警報を繰り返すスマホを見やった砕華は、がっくりと肩を落としながら画面に表示された停止のアイコンを押した。


「そーだよね……アイツらが出たってことだよね……マジ、サイアク!」


 憤慨する砕華は床を踏み抜かない程度の力で、地団駄を踏んだ。


 砕華のスマホが知らせていたのは、バリアンビーストの出現を知らせる緊急通知だった。

 砕華の母親が何を置いても優先すべきこととは、出現したバリアンビーストの対策をすることだ。

 バリアンビーストが出現したということは当然、砕華にも出動要請が来る。

 やはりスペクター・バリアントは砕華のスケジュールを把握していたらしい。


 怒りが収まった砕華はため息をついてから、俺に向き直って手を合わせる。


「ごめん衛士! わるいんだけど、話した通りここで待っててくれる?」


「ああ、大丈夫だ。砕華こそ気を付けて」


「心配ゴムヨー! ソッコーで片付けて来るし!」


 砕華は俺に笑顔を向けているが、片眉がひくついている。

 本当は相当怒っているに違いない。

 その矛先は勿論、バリアンビーストに向けられる。

 いつもの数倍は粉々にされるだろう。


 哀れなビースト達よ、恨むなら娘にご執心のスペクターを恨むがいい。


「さ~て、場所は……うっそでしょ」


 スマホを操作してバリアンビーストの出現場所を確認していたらしき砕華は、大きく目を見開いた。


「どうした?」


「出現場所、ここなんだけど……」


「え?」


 砕華はスマホの画面を俺に見せる。

 画面には透過されたショッピングモールのマップと、マップの中央で点滅する赤い点が表示されていた。


 つまり出現場所は、俺達の目と鼻の先。




『グゥルアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』




 獣の雄叫びと共にガラスの割れる音が木霊したのは、その直後のことだった。

 状況を理解した俺達は売り場を飛び出し、地上まで吹き抜けとなっているテラスの端へ駆け寄る。


「いた! あそこだ!」


 地上階を見渡していると、ほどなくして侵入者の姿を視認することが出来た。

 天井ガラスを粉砕してモール内に侵入した大柄な人型は、凄まじい脚力で地上階の床を叩き割って着地していた。


 その人型は全身が黒い体毛に覆われ、肉食四足獣の如き俊敏かつ強靭な手足を持っている。

 頭部は狼そのもの。

 大きな口からは凶暴性を現しているかの様に唾液を垂れ流す。

 狼男の様な風貌だが、肩や脚部の一部は機械の代替物と化しており、明らかに人造の怪物であることがうかがえる。


 バリアンビースト――人類に害をなす獣。


『ゥゥゥゥウワァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 今それが牙を剝かんと、人々に黒い咆哮を浴びせた。


 ――キャァァァァァァァァァァァ!


 異形の獣の襲来を受け、地上階のエントランスを行き交う人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 最初の着地で目立った被害はなさそうなのが幸いだが、その爪はいずれ人々へ向けられるだろう。

 一刻の猶予もない。


「砕華!」


「わかってる! 衛士はここにいて!」


 俺が言うよりも早く、砕華はテラスの仕切りを飛び越え、空中に身を投げ出していた。

 普通なら無謀に見える行為でも、砕華にとってそれはただのショートカットに過ぎない。

 重力に従って落下を始める砕華は空中でブレスレットを叩き、全身を眩い光で包み込んだ。


本気解放マジモード!」


 瞬間、光に包まれる砕華の体は筋骨隆々な巨漢へと変わり、全身の各部に金属のプロテクターを纏っていく。

 一秒と経たずに光は消え、その姿が明らかとなる。


 スーパーヒーロー・メテオキックの登場だ。


隕石脚メテオ・レイ!」


 落下の勢いのまま、メテオキックは得意技である超威力の飛び蹴りを繰り出す。

 メテオキックの技は一撃必殺。当たれば木っ端微塵になることは免れない。

 実際、これで今まで何十体ものバリアンビースト達を粉砕してきた。


 しかし向こうもさすがにそれを理解しているのか、あるいは鋭い嗅覚が迫る危険を察知したのか。

 狼男型のバリアンビーストは降下するメテオキックを視界に捉えると、瞬時にその場から飛び退いた。


 得意の蹴りを避けられてそのまま地上に着地したメテオキックは、地上階の床に大きな凹みを作りながらモールに衝撃を生む。

 人々からはさらに悲鳴が上がるが、次第に彼らの声は歓喜に変わっていった。


「ビーストよ! お前は私が粉砕する!」


 なぜなら人々が目にしたのは、ビーストと対峙するヒーローの姿だからだ。


『メテオキックだ! メテオキックだぞ!』


『やった! ヒーローが来てくれた!』


『いけー! あんなやつ、すぐにやっつけちゃえー!』


 メテオキックがお決まりのセリフを言い放ち、救世主の姿に人々は歓声を上げる。

 即座に戦闘が始まるだろう。

 だが、状況はあまり良くない。


 エントランスは広いうえに人が多く、メテオキックが現れた安心感からか避難行動が滞っているからだ。

 このままだと戦闘の余波で被害が出るかもしれない。

 それに先程のビーストの俊敏性からして、戦闘が長引く可能性もある。

 砕華にはこの場にいろと言われたが、俺にも何かできることがあるかもしれない。


 俺は急いでエスカレーターを駆け下りた。

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