第3章 ヒーローの秘密は本人以外からバレることの方が多い
第13話「お客様?」
カツン、カツン、という破滅へのカウントダウンが少しずつ大きくなる。
俺達は身を縮ませ、試着室から体が出ないように互いの体を引き寄せる。
「うおっ!?」
刹那、腹部に柔らかい感触を覚えた俺は咄嗟に腰を曲げて前屈みの姿勢になってしまう。
その拍子に背後のカーテンが大きく揺れた。
「ちょっ、衛士! 動いちゃだめだって」
「そう言われても、こ、この体勢はさすがに……」
ひそめた声で砕華に注意されるが、ずっと密着するのは精神的にキツイ。
なぜなら腹部に触れたそれは、黒いビキニ一枚越しの砕華の豊満な胸部だからだ。
決して触れるのが嫌だからではない。むしろ役得だ。
役得なのだが、刺激が強すぎる。
最初は初めての感触だったので戸惑うばかりだったが、理解したが故にそれが気軽に触れてはいけないものという認識に変わり、接触しまいと反射的に動いてしまう。
思わず前屈みである。
「砕華、その、もう少し離れられないか? それ以上近付くと――」
「こっち壁だからムリ。衛士こそ、もうちょっとこっち来ないとはみ出るから」
「わわわっ!」
再び体を引き寄せられ、俺と砕華の体が触れる。
ぎゅむっ! という音が聞こえてきそうな感触が腹部に伝わってきた。
まずい。逃げ場がどこにもない。
これ以上は体が反応してしまう。
せめてなにも考えないよう視線を砕華の顔に向ける。
だが、その際に彼女の表情が見えてしまい、俺は余計に意識せざるを得なくなってしまった。
「~~!」
砕華の顔は茹蛸の様に真っ赤で、ぐるぐると目を回していた。
今にも叫び出しそうで、しかし歯を食いしばって必死に我慢している顔だ。
砕華も、この状況は恥ずかしいのだ。
いや、彼女の場合は水着姿で半裸状態なのだから、俺なんかとは比べ物にならないほど切羽詰まっているはず。
それでも俺を試着室から出さないのは、自分が耐える方が俺達の関係を母親に知られることよりもマシだからだ。
そりゃ退学になるよりはいいだろう。
だが、俺はふと重要なことに気が付いてしまった。
「砕華」
「なんだし!?」
「別に砕華だけが試着室に隠れていれば、俺だけ見られても問題ないんじゃないか? 俺と砕華のお母さん、面識ないし」
「あ」
一瞬の無言の後、砕華は「しまった」という表情を浮かべた。
勢いのまま試着室に引き込まれて二人で隠れることになってしまったが、そもそも俺が砕華の母親に見られたところで、あちらは俺のことを知るはずもない。
つまり俺は最初から隠れる必要がなかったのだ。
むしろ俺が外から様子を見張り、どこかへ行ったら砕華に教える方が見つかるリスクも低い。
完全に失策である。
いいや、まだ挽回のチャンスはある。
「今からでも俺だけ出た方がいいって。外で見張ってるから、砕華は俺が言うまでここに」
砕華の母親がどの辺りにいるかは分からないが、まだそれほど近くではないはず。
ならば今の内に俺だけ外に出て、なんとしても砕華を隠し通せばいい。
――だが、ここで思わぬ刺客が襲来する。
「お客様?」
「!?」
なんと、カーテンの向こうから試着室の俺たちに向かって女性が声をかけて来たのだ。
呼び方から察するに売り場の店員だ。
まずい。おそらく砕華に対して声を掛けたのだろうが、中には俺もいる。
男女が二人で試着室に入っているなんて、どう見てもいかがわしいことをやっていたようにしか見えない。
「試着にお時間がかかっておられるようですが、なにかお手伝いいたしましょうか?」
やはり気遣いで声を掛けたらしい。
あるいは盗難を防止するための業務的措置か、いずれにしても間が悪すぎる。
この状況を目撃されたら一発アウトだ。
間違いなく出禁にされ、即座に売り場を追い出される。
そうなれば自ずと砕華の母親の目に俺達二人が目に留まり、ジ・エンドだ。
「ヤバイヤバイヤバイ! どうするし!?」
砕華が小さく叫びながら俺に助けを求める。
俺との密着による羞恥と母親の襲来、それに加えてさらなる災難の到来でテンパっている様だ。
絶体絶命なのは俺も同じ。
しかし、砕華よりも思考は幾分か落ち着いている。
俺は短く息をつき、店員に聞こえない声で砕華に囁くように言う。
「落ち着いて。声は張らずに、『今着替えてるから大丈夫』って言って」
「う、うん……分かった」
「お客様? 大丈夫ですか? すみませんが、カーテンを開けても――」
「えっと、いっ、今着替えてるから大丈夫でしゅ!」
噛んだ。そして思いのほか大きな声だ。
砕華自身も気付いて咄嗟に自分の手で口を塞ぎ、羞恥で顔を赤くしている。
でも大丈夫。この程度なら向こうも勘ぐったりしないだろう。
「かしこまりました。なにかありましたら遠慮なくお申し付けください」
案の定、間もなくして離れていく定員の足音が聞こえ、そのまま遠ざかっていく。
どうやら誤魔化せたらしい。
ひとまず危機を一つ回避した俺と砕華は、二人そろってため息をついた。
しかし状況は一向に良くなっていない。
なんなら、むしろ悪化している。
「あの店員さん、ゼッタイ近くで待ってるよね……どうしよ?」
「さすがに俺が外に出るわけにはいかないな。今は様子を見よう」
俺は体を捻り、カーテンを数センチだけ開いて外を覗き見る。
すると、やはり試着室からほど近い場所に女性の店員が立っている。
視線は売り場の方だが、このまま試着室を出れば間違いなく見つかるだろう。
どうにかして注意を逸らすか、店員が移動するのを待つしかない。
だが、時間をかければそれだけ店員に怪しまれるだろう。
それにそろそろ砕華の母親達もこちらの売り場に近付いて――。
「すみません」
『!』
砕華や店員とは別の女性の声が聞こえ、俺は息が止まる。砕華も肩が跳ね上がった。
どことなく凛々しさと気丈さを感じる強い女性の声だ。
声がした方を見やれば、水着売り場の入口付近に黒づくめの集団が立っていた。
つまり声の主は、砕華の母親だ。
「はい! ただいま!」
すると試着室の近くにいた店員が元気よく返事をして、砕華の母親の方へ駆けて行った。
とても驚いたが、おかげで試着室を見張る者がいなくなった。
カーテンを素早く閉めて砕華に振り返ると、砕華は怯えた表情でこちらを見ている。
「今の声、ママだよね……もしかして近くまで……?」
「大丈夫。売り場の前まで来てるけど今は店員と話してるから。おかげで店員が向こうに行ったから、一旦俺だけ外に出るよ」
再度カーテンを開き、周囲を確認する。
こちらを見ている人間はいなさそうだ。
「試着室のそばにいるから、俺が合図したら出られる様に着替えておいてくれ」
「わかった」
不安そうにしつつも砕華は頷き、俺も頷いて試着室から頭だけを出す。
周囲を見渡し、誰も見てないことを確認してから素早く試着室から出る。
よし、ここまでは順調だ。
俺は試着室から二、三歩離れて砕華の母親を観察する。
あちらは競泳用水着の物色をしている様だ。
周囲には黒づくめの集団が警戒しているが、幸いにもこちらには気付いてない。
観察を続けていると、砕華の母親は二つの競泳用水着をしきりに見比べてから、懐からスマホを取り出してそれらの撮影を始めた。
数枚の写真を撮った後、砕華の母親はスマホを操作する。
何をしているのだろうか?
――ピロリロリン♪ ピロリロリン♪ ピロリロリン♪
「!?」
「あっ、ちょっ……!」
直後、砕華がいる試着室からスマホの着信音が響き渡った。
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