第11話「覗くんじゃねーぞっ☆」
「いや、女性水着の売り場に男が入るのはご法度でしょ」
もちろん実際は同伴なら男性も入っていいのだが、さすがに思春期の男子が入るには刺激が強いし、周囲からの視線が痛い。
なにより彼女とはいえ、クラスの女子と一緒なのが気まずい。
「一緒に来てよ。誰のために選ぶと思ってんだし」
「いやぁ、さすがにそれは」
「いいから! ほらっ」
砕華は強引に俺の手を掴み、ずんずんと売り場を進んで行く。
俺は引きずられるようにして、彼女に付いて行くことになってしまった。
抵抗しないのは、それが無駄だと知っているからだ。
なにせ相手は最強のスーパーヒーローである。
誰が抗えようか。いいや、誰もいない。
俺は砕華に引きずられるまま彼女の後を追い、距離を開けないよう一歩後ろを歩く。
はぐれたら最後、女性客からの手痛い視線の的にされるのが目に見えているからだ。
俺はなるべく陳列された女性用水着の方には目を向けずに、砕華の後ろ姿を追う。
「あ、これイイ感じかも!」
琴線に触れる水着があったのか、砕華は立ち止まって水着の物色を始めた。
代わる代わる手に取っては眺めていき、やがて二種類の水着を手に取って俺に見せて来る。
「ねえ衛士。衛士はどっちがいいと思う?」
「え、俺? そ、そうだな……」
右手に持っているのは、白を基調とした爽やかなセパレートタイプの水着。
左手に持っているのは、背中と腰の部分を紐で結ぶタイプの大人っぽい黒のビキニ。
それらを俺にかざしながら砕華はニヤニヤという笑みを浮かべ、小さく首を傾ける。
これは実に難問だ。
こういう場合、女性は決して男性の好みを聞いているのではなく、自分の中で決まっている選択を補完したいという意図がある。そういう記事を以前に読んだ覚えがある。
つまりこの問いには、明確な正解があるのだ。
「どちらもいい」なんて答えた日には、今日のデートは終わりだと思った方がいい。そうとも書いてあった。
そしてもし不正解の回答をすれば、それもアウト。アタシのこと分かってない!と一蹴される。
メテオキックに蹴られれば俺の五体は砕け散り星となるだろう。
ならばここでするべき回答は、砕華に似合う水着。
それも砕華自身が自分に似合うと思う水着を回答しなければならない。
正直なところ、俺はどちらの水着も砕華に似合うと思う。
白い水着は可愛らしくて、小麦色の肌との対比がとてもいい。太陽の光さえ照り返すだろう。
黒い水着はとても大胆で、美しい白銀の髪をより映えさせる。男たちの視線は釘付けだろう。
本当にどちらも良い。素晴らしい。
必死に考え、悩み、そして意を決した俺は砕華の問いに答えた。
「白かな」
「へぇ~、なんで?」
「なんでって、それは……」
砕華を連れてプールサイドを歩いた時に周りの視線をより集めるのが黒い水着で、それが嫌だと思ったから――なんて答えたら砕華はどんな反応をするだろうか?
きっとドン引きされるだろう。
本物の恋人関係でもないのに、独占するような言動などするべきではないのだから。
だが砕華の水着姿を想像した時、なぜだかそんな風に思ってしまったのだ。
友人との約束を果たすための一時的な関係だというのに、俺はなにかを期待してしまっているのだろうか?
浅はかな自分の思考を脳内で自嘲気味に笑いつつ、俺はもっともらしい理由を答えることにした。
「白の方が可愛いから、かな」
本当は甲乙つけがたい。
だが先の感情を優先した俺はこう答えるしかないのだ。
すると俺の返答を聞いた砕華は目を細め、口が弧を描いた。
「ふーん。じゃあ試してみるし」
「え?」
「試着して見せるから、本当に似合う方を選んで」
「え、いや、俺は見なくてもいいのでは?」
「衛士の意見も欲しいの! っていうか、一番にアタシの水着姿を見られるんだから、もっと喜べし!」
そう憤慨する砕華は二つの水着を携え、俺の手をぐいっと引きながら試着室へと向かう。
少し顔が赤いところを見るに照れ隠しの様だが、恥ずかしいのならやはり見せる必要はないのではなかろうか。
しかし、俺は先の砕華の言葉「誰のために選ぶと思っている」を思い出す。
俺のために水着を選ぶというのなら、確かに俺が実際に見なければ意味がないだろう。
別に俺の好みに合わせてくれる必要はないのだが、砕華も彼女らしい行動を取ってくれているということだろうか。
そう考えると砕華の行動がいじらしくて、嬉しくなってしまう。
「じゃ、着替えるから待ってて」
「あ、お、う、うん」
「緊張してんの? もしかして想像して興奮した? まあ衛士も男の子だしね~」
「ちがっ……いいから早く着替えろって」
クラスメイト、それもとびきり可愛い褐色ギャルの水着姿。
想像しないわけがない。
さすがに興奮するという言い方は気持ち悪いので肯定はしないが、胸はとても高鳴っている。
「はいはーい。あ、衛士」
「なに?」
「覗くんじゃねーぞっ☆」
「覗かねーよ!」
無理矢理カーテンを閉めさせると、砕華はカラカラと笑った。
まったく、思春期男子をからかうのは勘弁してほしい。
そんなこと考えもしなかったのに、もしものことを想像してしまうではないか。
というか、砕華のテンションがいつもより高い気がする。いやむしろこれが彼女の素なのかもしれない。
素を出してくれているのは、おそらく素性を明かしたことで俺に対する警戒心が薄れたからだろう。
それは嬉しいのだが、思いのほか香ばしい性格で困惑している。
溜息をついていると、ほどなくしてカーテン越しに衣擦れの音が聞こえてきた。
今、目の前の薄い布一枚を隔てた向こう側には一糸まとわぬ砕華がいる。
そんな想像をしてしまい思わず固唾を飲む。
砕華の健康的で発育の良い褐色の裸体、それは磨かれた琥珀の様に美しく艶やかだろうか。
チョコレートの様に甘くて口恋しい香りがするだろうか。
「って、なに考えてんだよ俺は……」
頭を横に振り、邪な思考を取り払おうとする。
だが、邪な思考が止まらない。
気になる。
とても気になる。
――見たいなら見ればいいじゃないか。
悪魔の囁きが脳内に響き渡る。俺は慌てて頭を何度も横に振った。
そんなことをしてしまえばこの関係は即座に終了し、砕華から俺に対する印象は一瞬で地の底に落ちるだろう。
当然そんなことをする気は毛頭ない。
俺は自らを律し、確固たる意志でその場に立ち尽くして、腕を組みながら砕華の着替えを待つ。
なぜなら俺は、もう「獣」ではないのだから。
待つこと数分。
試着室のカーテンが勢いよく開かれ、俺の視界に砕華が現れる。
「じゃーん! どう? 似合ってる?」
そこに居たのは、白い水着を着た小麦色の天使だった。
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