第10話「俺はここで待ってるから」
「……けっこう広いな」
大型のショッピングモールには普段から行くことがないので、その大きさが新鮮だった俺はエスカレーターに乗りながら辺りをしきりに眺めていた。
モール内に並ぶ店は服屋に雑貨屋、飲食店にアミューズメント施設など、幅広い年齢層に対応しているのが分かる。
事前に調査はしていたが、実際に目にするとより規模の大きさを感じる。
一日中過ごせるのではと思えるぐらいには退屈しなさそうだ。
まさに最初のデートにはうってつけと言えるだろう。
それと同時に、人が集まる場所というのは災害が発生した際に被害が大きくなる可能性が高い。
例えばこのモールにバリアンビーストが現れたとしたら、施設の破壊活動に巻き込まれて大勢の人が被害に遭うことだろう。
それこそ昼前の今の時間帯などは最も襲撃に適していると言える。
しかし砕華の話によれば、バリアンビーストの出現は夕方のみに定められている。夕方までは学校があるからだ。
そこで俺はふと気になって、前に立つ砕華に尋ねる。
「なあ砕華。夏休みに入ったから、砕華はいつでもメテオキックとして活動出来るだろ?」
「そうだけど、それがなに?」
「ってことは、バリアンビーストも時間を問わずに出現するんじゃないか?」
「うーん……でも今日は夕方まで大丈夫っしょ」
「どうしてだ?」
「別にアイツには夏休みに入ったとか言ってないし。いつもみたいに夕方まで何もしないでしょ。っていうか、それ以外の時間に出てきたらマジでコロス」
「そ、そうか」
額の血管を浮かせているところを見るに、砕華の発言が本気だと分かる。
俺は苦笑いしつつ、脳裏では「果たしてスペクター・バリアントが娘の学校スケジュールを把握していないと言えるのだろうか」という疑念が過っていた。
いや、娘への執着から察するに間違いなく知っているはずだ。
だから今日も俺達のデートを邪魔される可能性だってあるわけだ。
砕華は東京を守るヒーローとして、バリアンビーストがいる場所へ迅速に駆けつけなければならないのだから。
「もし東京のどこかにビーストが現れたら、場所とか分かるのか?」
「分かるよ。ママ達がアイツらの活動を検知して、アタシのスマホに教えてくれんの」
「すごいな……ん? それって普段からバリアンビーストの居場所が分かってるってことか?」
「ううん、分かるのは活動してる時だけっぽいよ。だから普段どこにいるかとかは分かんないんだって。アタシらがいた時の拠点をそのまま使ってるワケないし、居場所はわかんない」
さすがにバリアントの本拠地を割り出して組織ごと壊滅させる、ということは出来ないらしい。
とはいえ対策本部のバリアンビースト検知システムというのも、どういう仕組みなのか気になるところだ。
おそらく砕華の母親が装置かなにかの開発に協力したのだろうが、効果や範囲などどういう判定でバリアントを検知するのだろうか?
色々な疑問を脳内でストックしていくと、ふと砕華がため息を吐いた。
「っていうかデート中にこんな話、したくないんですケドー?」
「あ、ごめん。邪魔されたら嫌だなって思って」
「まー気持ちは分かるよ? アタシもデート中に出てきたら、ソッコーでブッ倒しに行ってソッコーで帰って来るつもりだったし」
その発想は無かった。
仮にバリアンビーストが現れたとしても、俺がここで砕華の帰りを待っていればいいのか。
そうすれば戻って来た砕華とデートを再開することが出来る。
雰囲気はぶち壊しだろうが、やむを得ないだろう。
とはいえ、そればっかりに気を取られていては本来の目的を見失ってしまうので、とりあえず今後デート中はバリアント関連の話題を一切禁止にすることを約束した。
そのまま二人でエスカレーターを昇っていくと、砕華が三階の一画を指差す。
「アタシは時々ここに来るんだけど、結構色々あるからオススメ! あそこの二階のカフェとかイイ感じだし」
「そうだったのか。じゃあ俺が調べる必要はなかったかな」
「わざわざリサーチしてくれたん?」
「まあ、デートは男がリードするものだって聞いたからさ。一応そのつもりでね」
「ふーん……」
以前、ネットニュースの記事で「初めての場所でもあたふたせずしっかりリードするのがモテる男」という文面を見たことがあった。
なので、このショッピングモールのことはマップや店の配置など全てスマホで調査済みだ。
なんなら簡単なデートプランも用意しているが、ガチガチに組んだものではないので行き先の変更などにも臨機応変に対応出来るようにしている。
もっとも、今日はそれらが活躍する場を失ったようだ。
「でもまぁ、今日の案内は砕華に任せた方がいいかな」
「なんで?」
「初めて来た俺より、実際に来たことがある砕華の方が上手く案内出来るだろ?」
「えー、せっかくだから衛士がリードしろし~。オトコ見せろ~」
「えぇ……」
正直、釈迦に説法をするようで気が進まない。
しかし元々そのつもりではあったし、可愛い彼女からお願いされてしまっては、男として応えないわけにはいかない。
それが彼氏の役目というものなのだろうから。
「それじゃ全力で案内させてもらいますよ。まずはどこに行きたい?」
「ん~……服!」
「女性ものの衣類か。それじゃあ――」
それから俺たちは、砕華が行きたいところを優先してショッピングモールを回って行った。
基本的には砕華の買い物に付き合う形で、時々恋人らしいアクセサリーやら小物やらを見たり、アミューズメント施設で少し遊んでみたりもした。
慧斗達と一緒に遊んでいる時の様な、しかしそれとは全く違う楽しさを感じながら、俺はデートを満喫していた。
時々砕華の様子を伺えば笑みを絶やさないので、デートを楽しんでくれているのだと思う。
砕華も、俺と同じ気持ちなら嬉しい。
モール内の案内自体も特に迷うことはなく、我ながらなかなかスムーズにこなせたので、これで彼氏としての役割はおおむね果たせただろう。
ひとしきり回って、そろそろ昼食時だ。
仮で立てたプランに従うならどこかで食事でもしたいところ。
「砕華。そろそろお昼にしないか? 一つ上の階にフードコートがあったはず」
「待って! その前に水着見に行きたい」
「水着? あ、そういえばまだ見てなかったか。でもそれなら昼食を食べた後でゆっくり――」
「ダメ! ゼッタイお昼の前に行く。早く案内して」
「お、おう。分かった。それじゃ、上に行こう」
すごい剣幕で詰め寄って来るので、思わず従ってしまった。
まあ、よくよく考えれば今の時間帯はフードコートも混んでいるだろうし、少し時間をずらすのはアリだろう。
記憶を頼りにモールの五階にある女性用シーズン商品の売り場へ案内し、俺はその売り場の前で足を止める。
「? 衛士、そんなところでなに突っ立てんの?」
「あ、俺はここで待ってるから」
「は?」
物凄い不機嫌そうな顔で睨まれた。
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