第9話「ショッピングデート、しよっ!」
俺の言葉を聞いた綺羅星の顔が、さらに苦々しいものに変わった。
「なんか、さっきからごめん……」
「だから綺羅星が謝ることじゃないって。それに俺が孤児になったのは十五年も前だし、親の顔も覚えてないから、悲しくはないんだ」
本心だ。
気付いたら天涯孤独だった俺には親の記憶が一切なくて、周りには俺を育ててくれる人がいたが、その人達は俺の親代わりではなかった。
そもそも親という存在がなんなのかを俺は知らないし、そういう感情を覚える環境にいなかった。
だから悲しみはない。
己の思考を冷徹に処理しながら、俺は組み立てておいたエピソードを語っていく。
「去年までは施設にいたんだけど、将来独り立ちするためにも自分で生きていく力を付けなきゃって思って、自分から施設を出たんだ」
「天下原ってすごいね。めっちゃエラい」
「え、すごい? なにが?」
「フツー、そんな風に考えらんないよ。自分で生活費工面して学校行って、将来のこと考えてるなんてさ」
「……そんなことないよ」
本当に、そんなことはない。
今の俺がここにいるのは全て俺のわがままの結果だ。
将来のことなんて考えていない。
だからこそ、俺はここにいるのだから。
「前の学校にだって友達いたっしょ? それなのに」
「友達? あ、ああ! そうだな。寂しかったけど今生の別れじゃないしさ」
「そっか。じゃあ、転校してきた理由は経済的なことだけなんだ」
「そう――」
――本当にそうか?
刹那、脳裏をその言葉が過ると同時に、ズキッとこめかみの辺りに鋭い痛みが走った。
なんだ? 今の感覚、今の言葉は?
確かに海雲高校にいたというのは嘘だ。
そもそも俺は今まで学校というものに行ったことがない。
流星高校を選んだのは学費が安いことが理由だが、それ以外の理由は特にない……はずなのに、なぜだか違和感が拭えない。
なにかを忘れている。
なにか別の理由があったはず。
そう思えてならないのだ。
こめかみを擦りながら脳内に眠っているはずのその理由を必死に探すが、見つからない。
言葉に出来ない気持ちの悪さで、思わず眉間に力が入る。
「どったの、天下原? 大丈夫そ? 調子悪い?」
ふと綺羅星が心配そうに俺を見つめていることに気付くと、途端に痛みはすぅっと消えた。
はっとして、俺は慌てて頭を振る。
「大丈夫大丈夫! あ、そういえばあの時、綺羅星はなんて言おうとしたんだ?」
「え?」
「ほら、ビーストが教室に来る直前。俺に何か言おうとしてただろ?」
ふとあの教室での会話を思い出し、俺は話題を切り替えた。
あの時、綺羅星が何を言おうとしていたのか、その内容はバリアンビーストの乱入によって聞きそびれている。
今なら誰にも邪魔されずにその話が出来るだろう。
すると、綺羅星はなぜか目を泳がせ始めた。
「ま、まあちょっと聞きたいことがあったんだけど、もうそのことはいいから!」
「そうなのか?」
「うん。もう気にしなくていいし」
そう言って綺羅星は視線を逸らしてストローの先を齧る。
なにかはぐらかされた気もするが、彼女がいいと言うのなら追及はしない。
ともあれ、当初の目的は果たせた。
俺は「さて」と話題を切り替える。
「とりあえず、お互いの話はこのあたりでいいんじゃないか? だいぶ分かったと思うし、深い話はまた追々ということで」
「そだね。じゃあ次はなに話す?」
「恋人のフリをするためにするべき事、これを考えたいかな。あ、プールデート当日に必要なものも考えないと」
「プールデートに必要なもの……水着とか?」
「まあプールだから、当然だな。そっか、水着か。買わないとな」
「アタシも普段トレーニングで使ってる競泳用のやつしかないなー。でも、可愛いのとかあんま分かんないし……」
うんうんと悩んでいた綺羅星だったが「あ、そーだ!」と何か閃いた様子で嬉しそうに手を叩いた。
「天下原! 一緒に買いに行こーよ!」
「水着を?」
「水着だけじゃなくて! ほら、恋人って同じアクセ着けるじゃん? ネックレスとか、ブレスレットとか、ぺ、ペアリングとかさ! そういうアクセとかのお揃いの物も買いに行こ!」
「二人で、買い物。それってつまり――」
身を乗り出していた綺羅星は目を輝かせて強く頷き、俺も頬が緩む。
次の綺羅星の言葉で俺達の恋人関係が本当の意味で始まる。
「ショッピングデート、しよっ!」
そんな予感がしたからだ。
* * *
綺羅星との恋人関係(偽)が始まってから一週間が経ち、いよいよ突入した夏休みの初日。
俺はギラギラと太陽が照りつける吉祥寺駅の前で立ち尽くしていた。
もちろん、何の目的もなくわざわざ炎天下にいるわけではない。
大事な目的を果たすために待ち合わせをしているのだ。
額の汗を拭いながら三分前にやりとりしたメッセージを確認し、その到着を期待する。
「お待たせ、衛士!」
すると間もなくして、待ち人がやって来た。
少し頬を赤らめた笑顔で俺のもとへ駆け寄って来たのは、クラスメイトのギャルの綺羅星 砕華。
もとい、俺の彼女(仮)だ。
小麦色の肌の上には白いオフショルダーのゆるふわ系トップスを。
下には脚線美を存分に見せつける赤いミニスカートを着ている。
まさにザ・ギャルと言った感じで、概ね予想通りの私服だ。
しかし素材と服装の相性の良さが抜群過ぎて、思わず喉を鳴らしてしまうほどの可愛さが眼前に顕現している。
とても眩しいと感じるのは、決して陽射しの強さだけではないのだろう。
「綺羅星。大丈夫だよ、全然待ってな――」
「名前!」
「え?」
「お互いに苗字じゃなくて、名前で呼ぶって決めたじゃん」
「あ、そ、そうだった」
綺羅星は不満そうに頬をぷっくりと膨らます。
そう、この一週間で色々と話をした結果、より恋人らしく振る舞うためにまずは互いの名前を苗字ではなく下の名前で呼ぶことに決めたのだ。
ただそれを話したのが昨夜、それもSNS上でのやり取りで決めたことだったので、実際に下の名前で呼び合うのは今日が初めてだ。
綺羅星――砕華に名前で呼ばれたことが新鮮であり、遅れて気恥ずかしさがやって来た俺は、息を吐いて気持ちを落ち着かせてから彼女の要望に応えることにした。
「じゃあ、行こうか。砕華」
「お、おっす……」
「照れてんじゃん」
「うっせーし! ほら行くよ!」
あからさまな照れ隠しをしながら、ショッピングモールへ足を向ける砕華。
俺は小さく微笑みながら、その後を追う。
本日の目的は当然「ショッピングデート」だ。
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