クリスマス

 せっかくクリスマスなんだしケーキくらいは食べたい。でも、こんな時間に空いている店なんてあるのだろうか。

「コンビニとかに何かないかな。」

 ふとそう思ったけれど、コンビニは意外と遠い。けれど、このあと予定があるわけでもないし少しくらい時間がかかっても問題ない。そう思った私はコンビニの方向に進んだ。

 この道は久しぶりに通る。半年前、一人暮らしを始めてすぐの頃に一度通ったきりの道。夜に通るのは初めてだ。実家から今の職場に通っていた頃はコンビニが近かったからよく行っていたけれど、今はスーパーで買い物をするのが当たり前になってしまい、コンビニに行かなくなった。だからコンビニに行くのは少し冒険なのだ。しばらく歩くと、道の奥に明るい建物が見えた。コンビニはもう少し先だったはずなのに、おかしい。こんなところにコンビニできたのかな。近づくにつれそこがコンビニではなく、小さなお店であることがわかった。中を覗いてみると、小さなショーケースの中にケーキが入っているのが見えた。

「お菓子屋さんだ。」

 思わず気分が高ぶって店の扉を開けてしまう。チリンと鳴る呼び鈴。

「いらっしゃいませ。」

 落ち着いた店員さんの声も聞こえた。思わず店に入ってしまった。ケーキを買う予定はあったが、値段が高かったらどうしよう。そんな不安に駆られた。

「ショーケースにケーキがあるのでどうぞこちらに来てゆっくり見てください。」

「はい。ありがとうございます。」

 恐る恐るショーケースに近付く。値段は……、ショートケーキ250円。思ってたより高くなく、安心した。それにしても、もうすぐ夜の10時になるのに営業しているなんて。しかもまだ商品はほとんど売り切れていない。

「あの、今日は何時まで営業してるんですか?」

 店員さんに聞いてみる。

「今日は12時くらいまでは営業したいですね。」

「え?えっと……、何でそんなに遅くまで?」

「クリスマスなので。仕事終わりの人にもクリスマスを楽しんでもらいたいんです。お客さんも仕事終わりでしょう?」

 そう言った店員さんは私のほうを見る。少しぽさぽさした髪の毛に厚手のコートを着て洒落っ気のないバッグを持っている。そんな私の姿は仕事終わりを体現していた。

「何のお仕事されてるんですか?あ、別に答えたくなければ言わなくていいんですけど。」

「スーパーの店員です。」

「そうなんですか。接客業って大変ですよね。」

「はい。今日もヘマしちゃって、大変でした。」

「何かあったんですね?」

「いや、私が悪いんですけど……。」

 思わずそう言って事の顛末を話してしまった。

「ふふっ。すごいじゃないですか。怒られてもちゃんと自分の仕事ができるって。それに、お客さんの前でため息吐いちゃうだなんて、度胸あってすごいことだと思いますよ。」

 褒められているのだろうか。

「ありがとうございます。」

「僕だったら萎縮して何もできなくなっちゃってさらに怒られますから。」

 笑いながら言う店員さんに少し和まされる。まさか、あの対応が褒められるなんて思っていなかった。けれど、チーフへの罪悪感とか、心にずしっと残っていた重たいものが少し軽くなった気がした。

「そういえば、ケーキどうされます?もしこのあと何か用事があるんでしたら保冷剤とか多めに入れておくこともできますが?」

「あ、特にこのあと予定ないんですよね。」

 店員さんと話していたから忘れかけていたが、ひとりクリスマスのことを思い出し、また心が重くなった。

「そうなんですね。失礼しました。ゆっくり選んでください。」

 気を遣わせてしまったかもしれない。そんなにクリスマスは誰かと過ごすのが当たり前のものなのだろうか。

「クリスマスに一人で過ごすのは普通じゃないんでしょうか。」

 つい口から出てしまった言葉に自分で驚く。

「すみません。変なこと聞いて。」

「いえ、大丈夫です。クリスマスに一人で過ごされる方も多いと思いますよ。ほら、今は感染症の流行とかで気にされる方も多いですから。それに、僕だって一人でクリスマスを過ごしています。この店、僕しか店員いませんし、昼間は家で別の仕事してたので。」

「昼は別のことしてるんですか?」

「はい。デザイナーとして働かせてもらっています。このお店は、その片手間で……、趣味みたいなものです。月に2回とか、そのくらいのペースで開けてるので運が良ければまた来れるかもしれませんね。」

 私はただ驚いた。一人でこんなに自由に生きている人がいるなんて。これまで私の周りには誰かと一緒にいる人や、声をかければ誰かと一緒にいれる人しかいなかった。ずっと一人で過ごしている人なんて、私以外いないと思っていた。そして今日、それを痛感していたのに……。知らない世界を見た気がした。


「すごいですね。そんな風に生きてるなんて。」

「僕、褒められてます?」

「褒めてます。ちょっと元気になりました。」

「よかったです。」

 嬉しそうに笑う店員さんはちょっとかわいく見えた。

「ケーキ、どうします?」

 長話をしてしまって、あっという間に時間は10時をまわっていた。

「ああ、えっと……。」

 左から順にショーケースを見る。私の目に留まったのはキラキラした真っ白いレアチーズケーキだった。

「この、レアチーズケーキで。」

「はい、レアチーズケーキですね。」

 奥からゆっくり取り出された三角形のケーキがクリスマスを楽しみにさせる。

「これでお間違いないですか?」

「はい。」

「ありがとうございます。350円です。」

 いそいそと財布を出す。そのあいだに、店員さんがケーキを包んでくれる。小さな箱をこちらに持ってくる。

「はい、じゃあ丁度お預かりします。こちらレシートのお渡しです。あと、これよかったらなんですけど……。」

 店員さんがレジの下から何かを取り出す。

「こちらで配っている紅茶です。ケーキと一緒にどうぞ。」

「え、ありがとうございます!」

 ちょっとしたサプライズに嬉しくなる。

「あの、もしよかったらまた来たいので何か店が開く日がわかるものってないですか?」

「SNSやってるのでよかったら。これです。」

 そう言ってQRコードが差し出される。

「ありがとうございます。また来ますね。」

「お待ちしております。クリスマス、楽しんでください。」

 お互いに礼をして出口へ向かう。扉を開けるとチリンと小さな音がする。

「ありがとうございました!」

 こちらに向けて大きく礼をする彼に向けて私は小さく会釈した。


 一人で過ごしてもいいと教えてくれた人がいるから、帰るのが楽しみになった。コンビニは……、行かなくてもいいか。残り2時間、私のクリスマスが始まる。

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ひとりクリスマス 青夏 @kou_33

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