あの時の高台でした願いが、完璧に叶ったかどうかは正直半々といったところかなと今は思う。


ドレスの裾を持ちながらウチの手を引いてくるミコに従って、これまた慣れないドレス姿でときおりコケそうになりながらも走る。そうして本来使う予定のなかった教会までなんとか辿り着く。


そのベンチに隣り合ってるミコは、手持無沙汰なのもあってウチの肩に頭をすりすりさせている。ブーケをあろう事か「トイレに忘れたかも」と言ってカラカラ笑いだしていた女だけはある。


「暑苦しいからどいてよ」

「やだー、アタシの言う事何でも聞いてくれる約束でしょ」

「勝手に婚約届け出しといて、それ以上の事を求めるの強欲すぎだろ」


彼女をおびき出すために偽装した結婚式を開く上で、本来の予定にない婚約届けを朝一で勝手に出されてしまった時の事は記憶に新しい。ただ、その日のうちに役所から「年齢が足りないんですけど」と連絡が来て、部屋で四つん這いになってミコは落ち込んでた。当たり前でしょ。


ウチがそう告げると「それまでクーちゃんだって慌ててたくせに~」と人のほっぺをツンツンしてくる。いつもだったら手を捻って叫ばせるところだけど、今日のところは特別だから勘弁してあげた。


ウチだって女の子だし、ウェディングドレスを着た時はテンションあがったのは確かだ。だけどその相手がミコだなんて心外な話だ。犯人をおびき出すためとはいえ、この出来の悪いドッキリ企画を成立させるために、全員に説明した事もモチロン込みで。


なぜか父親や母親は何故か信じ切ってるのも困りものだ。あとでちゃんと説明しなくちゃいけないから頭が痛い。シトネさんも頬を膨らませていたから、そのうち埋め合わせしてあげないと。


――だから、ウチが今日だけでも「ミコの花嫁になってあげたい」と思っているのは、また別の理由があった。えてしてウチは口を開いた。残った最後の謎に手をかけるために。


「ところであの婚約届けには、自分の本名を書いたの? ミコ、ううん――天ヶ先ミハ」


その言葉に彼女はすっと手を引いた。それから「いつから気付いてたの?」とうっとりとした表情で笑う。恐ろしくなるほどきれいな微笑みだった。


最初に違和感を覚えたのは、一部の生徒会誌が最近作り直された事に気づいた時だった。なぜ作り直したのか、そんなのは簡単だ。内容を改ざんしたかったからとしか考えられない。


「でもでも、単純に記録保持したいだけだったのかもよ。

 燃えたり盗まれたりしたからとか」

「だとしても何も変わらない。そこに重大な情報があって、それを隠そうとしたって言う目的は」


だからあとの問題は、そこまでして何を隠したかったのか。そして誰に隠したかったのか。いや、隠すというのは少し表現として適切じゃないかもしれない。


「だってあの冊子は、当時の事を知る二人の記憶も含めて、改ざんさせるために再発行されたモノだろうから」


目に浮かぶようだった。教員に就任した後も生徒会長の影を探して、当時の生徒会誌を読み漁るマリコ先生の姿が。そうしているうちに、十年前に見た記憶が塗り替わってしまう過程も。


そして小笠原先生はこう言っていた。冊子の内容を見て「懐かしい」と。だから少なくとも、当時の学園に対する矛盾は無かった。だとしたら、改ざんされた記録はもう一つしかない。


「――ミハの顔だ。その写真だけを、全て別人に差し替えたんだ」


休学状態になっていたミハが、ミコとして再び復学するために。その正体がミハであるとバレないために、当時の記録を書き換えた。そうして当時者たちの記憶を歪める事に成功したんだ。


ミハはマリコ先生と小笠原先生の元先輩だ。卒業アルバムという形で当時の姿を確認することは出来ないし、放課後まで携帯禁止という学校のルールも、当時の写真を残せなかった要因の一つだったのかもしれない。


ウチは手をぎゅっと握りしめる。どうしてか指先が震えてしまう。それから「だからあんたは、ウチに近づいたんじゃないの。一連の出来事を自殺として解決してもらう相手として」と告げた。


「……最初はそのつもりだったんだけどね」


それからミコは「あの二人は昔に縛られてた。同時に現状を変えなくちゃいけないと悩んでいた。じゃなくちゃ会いたいなんて気持ちにならないハズだから」と続ける。


「でもそれは、十年前の生徒たちも同じだった。誰もが私を中心に事を進めてしまう。それこそ私がいなくならない限り」


それは当時の生徒会の様子からすれば納得できる話だった。偽装のためとはいえ、文化祭を生徒会長主体のモノにしたのも。それ以降は冊子を発行しなかったのも含めて。


「だから、ミコは自ら命を断とうとした」


さっき小笠原さんはこう言った。「特別だったけど、それ以上に普通の子だった」と。だけど、そうじゃなかった。ミハはどこまでも特別だったんだ。


「屋上から落ちて失敗しちゃってさ。たまたまそこにいた副生徒会長を味方につけて。してもらったの、死体の管理をという名目で精巧な人形の管理を。だから死体のフリをしたのは、最初の日だけだった」


だとしたら警察は、その人形を見てイタズラとして判断したのだろう。聴取の中で、それを死体と言い張る他の生徒会のメンバーの言葉は、受け入れられなかったに違いない。立地からして外部の人間の言葉なんて届きにくい閉鎖的な環境だ。学園側が協力して「ミハさんは事故死した」というデマを流せば、生徒はたやすく信じ切ってしまうだろう。


ミコはおもむろにウチの頬に手を伸ばす。それから触れるだけの軽い口づけをした。


「ミコね。本当は寂しかった。校庭でクーちゃんに出会うまで、どこか一つの場所い入れ込むのが怖かった。コールドスリープから目覚めても昔の友達とは会えるわけじゃなかったしさ」


そうかもしれない。ミハという魔性が全てを変えてしまった過去があるとするなら。一つの部活にとどまらずに転々としていた理由も、役所に一度でも結婚届が受理されてしまった理由も。今ならすっと胸に落ちる気がした。


「どこで、誰といても、私はずっと一人だったんだと思う」

「でも、クーちゃんだけが本当の私を見つけてくれた。ありがとう」


そういって目と鼻の先でボロボロと涙をこぼす。それから、ミコは私に抱き着きながら「もう離れたくない」と口にした。その言葉に顔がどんどん熱くなるのを感じながらもウ、チは「おおげさなの、離れて」とじたばたもがく。


ただその抵抗も、我ながら力がないなと思ってしまったのはきっと。あえてマリコ先生たちにミコの事を伏せて、ミコの秘密を自分だけのモノにしてしまったのは事実だったからかもしれない。


「勘違いしないでね。別に気まぐれだから」

「え―、本当かなー?」


そもそもウチは今日だけはミコの花嫁になる気でここにいる。もちろんそれは、試着室の中で「今日だけは、アタシだけの花嫁になってね」とキスしてきたミコの、言いなりになるためにじゃないし。それこそこの式場を手配したお礼の為でもない。


ウチの頬に何度も口づけをしていたミコが「ここに寝て」といって、ベンチに仰向けになるように頼んでくる。控室でしてもらったメイクのせいで、いつも以上に潤んで見える唇と、ルビーのような瞳にドキッとする。


だからじゃないけどウチはベンチに転がる。これはプロのメイクに興奮してるだけで、ミコ自身にドキドキしてるワケないと誰に言うでもない言い訳を並べながら。


自然と絡み合った両手がくすぐったく感じたとのも最初の内だけだった。ウチ覆いかぶさったミコが、ウチの口を唇で塞ぎだしたから。体の感覚がそこに集中していくのを感じる。


やがて口を離すと、ウチとミコの間に銀色の橋がかかった。教会のステンドグラスをバックに見るミコの上気した顔は、いつも以上に扇情的に見えた。それから程なくしてまた顔を近づけてくる。


――いつだったかシトネさんは言っていた。「クゥちゃんがみんなを繋いでくれた」って。そうかもしれない。でもそれは、きっと半分なんだと今は思う。


シトネさんがいなくなってから、ウチは全てを失った気でいた。だけど今日、主賓席から見回せば色んな先輩や後輩。ツカサだけじゃない同級生がそこにいて、そこで気付いた気がする。きっとこれは、ミコがくれたものなんだって。


そしてシンデレラは言った。時間になって魔法が解けてしまえば手に入れた全ては手から零れ落ちてしまうと。


だけど今、ミコはここにいる。熱に浮かされたような顔で。だけど、初めて会ったあの頃から、何一つ変わらない綺麗な微笑みをうちに向けている。


「好きだよ、クーちゃん」


時間がくれば、ウチはまた同じことを言うだろう。「女同士のカップルなんてありえないし、好きとか結婚もあり得ない」って。


でも今だけは、ウチはミコの花嫁だから。ミコもウチの花嫁でいてくれるから。だからきっと、こう言うのがベストなんだと思う。


「私も、ミコの事が好きよ」


それを聞いてミコは涙を一粒零した。それからウチは、はじめて自分からミコに唇を重ねた。

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あの女の子たちは絶対カップルに違いない! システムロンパイア @Ronpire

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