花奉ミコと奏ノ宮クウの場合
私たちの結婚式の後
足音が聞こえた。すでに暗くなったハズの披露宴会場の中で。だからこそ同時に思う。そうじゃなければ意味がないとも。少なくとも、ミコがここを一日貸し切りにした意味が。
彼女が観音開きの扉を開けると、一筋の光が伸びてくる。だからじゃないけどウチはリモコンを押して、会場内の電気を入れた。
それから彼女――小笠原エリさんは、しきりに目をしばたかせて周りをキョロキョロ眺めている。
それもそのハズだ。彼女に贈った招待状は特別製。今ごろ控室で酔いつぶれてるであろうバカ親父コンビや、ホールで涼んでるシトネさんたちに送ったモノとは根本から違う。ニセの時刻が書かれたモノだった。
だから、今ごろ彼女の目から見れば、空虚なテーブルが置かれてるだけの大きい空間でしかない。もうすべてが終わってしまったように見えるだろう。
でも、ウチらにとってはここからが始まりだった。だから「えっ、もう終わっちゃったの?」と口にする彼女のそれも、ウチにとってはもはや合図の一つでしかない。
「まだ分かりませんか。すべて罠だった事に」
「罠ですって?」
小笠原さんはウチの言葉に何かを察したように踵を返す。だけど今しがた通ってきたばかりの扉は、締め切る手はずになっている。今日の為に呼んだ十数人が押さえつけているだろうし。今さら取っ手を掴んでガチャガチャ揺らしても、絶対に開いたりしないだろう。
やがて「な、なんで罠なんて事を」と、分かり切った事を言いながらわななく小笠原さんに、ウチは告げる事にした。
「手放しに呼び出しても、あなたが姿を現すなんて事をするはずがないですから」
仮に小笠原さんが一連の犯人だとするなら、ウチの事は一番警戒する相手だったハズ。
その警戒心を削ぐために、あえて今日まで解決の間を置いたのも、ウチとミコが相部屋になったのもその仕掛けの一つだった。結婚なんてモノに浮かれて、謎の究明を諦めたバカップルを演じるために。
そんなウチの気を知ってか知らずかミコが腕を絡めながら「私は本気だったけどね」とこっぱずかしい事を耳打ちしてくる。
だからじゃないけど、ウチの言葉に「説明しなさい」と先を促してきたのは仕掛け人の一人であるマリコ先生で。ウチはそれに答えるために、傍らのテーブルに何個も置かれたアメボーをくわえながら、先を続ける。
「すべての始まりは、十年前でした」
ミハさんが高台から転落死したとされる事故。その真実を隠すのが小笠原さんの目的だった。
「本来、そんなことをする必要なんてなかったハズ。当時の事を覚えてる人なんてそれこそ多くないでしょうし、ましてや蒸し返す人なんている筈がない――ただ、先輩がまだ生きていると豪語するマリコ先生を除いては」
それだけならまだいい。なぜならマリコ先生は一度も、自ら先輩を探しに行ったことがなかった。白無垢騒動の時ですら一度も。だから「来てくれる」と一途に信じてくれる分には、きっとそれでよかった。その状況が変わったのは最近の事だったと思う。
ウチはぞんざいにミコを指さして「割とガチでこいつのせいでもある」と告げる。人の事を探偵だよと触れ回っているコイツの。
高台の事、ソコであった事故の事。十年前の生徒会長、それがマリコ先生と関係する事。それらが結び付いてしまうのは時間の問題。そこに事件性が見出されてしまうかもしれないと。そう小笠原さんは考えたハズ。
「だから手を打った、白無垢の不審者のフリをして、高台から生徒たちを忌避させるために」
極めつけはあの写真だった。高台に野ざらしになったミハさんの死体の写真。それで自分の言葉の信憑性を補完した上で、ウチの考えを事故死に誘導しようとした。
なによりも、生徒会長になりすまして手紙を出せるとしたら、生徒会の人間であると考えるのが自然だ。彼女が生存していると思い込ませることが出来るのも。
ウチのその言葉に、小笠原さんはかんしゃくを起こしたように髪を振り乱しながら「違う、会長は事故だったの!」と繰り返す。だからウチは告げた。口の中から棒を取り出しながら決定的な一言を。
「いいえ。ミハさんは、自殺だったハズですから」
静かに、マリコ先生がかぶりを振った音が聞こえる。ウチは構わず続けた。
外観から死亡推定時刻を割り出す死斑や死後硬直も、あくまで判断できるのは一日単位の話。それ以上の日数の経過となると、正確な判断が難しい。
高台自体、人気のない場所であることもあるし長時間放置されてしまう事もあるだろう。警察はその解釈を鵜呑みにして、事故死扱いとしてミハさんを処理してしまった。
階段を使った自殺だったのであれば、外傷が似てしまう事も拍車をかけたのかもしれない。
生徒会としては司法解剖や検案まで持ち込まれなければ勝ちだったと思う。もちろん、腐敗を遅らせるために空き部屋の冷蔵庫やお風呂場を使った痕跡は、あの部屋替えの日に見つけておいたから間違いなかった。
「でもでも、それってバレたらすごく怒られるよね。生徒会のみんなは、なんでそんな危険な橋を渡ったの?」
的を得た事を言いながらも、怒られるなんてレベルじゃない事に気づいていない女は、口をぽかんと開きながら首を傾けた。だからじゃないけどウチは話を続ける。
「会長がアルテミスだったからこそ、だったと思う」
幸か不幸か、高台とは別の場所で転落して自殺したミハさんをはじめに見つけたのはもちろん生徒会室の誰かで。そこでみんなはこう思ってしまった。
――アルテミスとまで呼ばれて神格化された生徒会長の最期が、自殺なんて事があっていいはずがない。まして、文化祭前にすべてを投げ出して、無責任者の烙印を押される事なんてあってはならないと。
その為に文化祭の出し物を、生徒会長が不在になっても不自然じゃないもの。そして実行可能なモノに仕立て上げた。すでに死んでいた生徒会長と誰かを会わせるわけにはいかなかったから。
「事故と処理されてもなお、学校が高台の階段を施工しなかったのは、本当の現場が高台じゃない事を知っていたのもそうだろうけど。学校としても都合がよかったんだと思う」
――そうして、学園のアルテミス伝説は不朽のものになったんだ。
それからはしばらく静寂が場を支配した。やがて、うなだれていた小笠原さんが、不意に顔を上げてこう告げる。
「彼女は、誰にとっても特別な存在だったわ。でも、それ以上にどこにでもいる普通の女の子だった」
それから「もっと早く、気づければよかったのにね」と、自傷気味に笑ってから涙をこぼした。それからテーブルにあったナイフに手を伸ばして首にあてがう。
「ごめんねマリちゃん。あなただけには知って欲しくなかった。ずっと恋したままでいてほしかった。出来るなら私のそばでずっと」
ウチは、ミコが後ろ手に渡してくれたワイングラスを受け取る。こんなものしかないけど、今はイチかバチか投げるしか――。そんな時だった。マリコ先生がこちらを、慈しむようなまなざしで見ている事に気づいたのは。そして驚く、「綺麗ね。二人とも」と場違いな事を言い出した事に。
それから小笠原さんの方に向き直り「十年間、互いに目をそらしてきた私たちとは全然違う」と言いながら歩みを進める。
「まるでさ。ミハ先輩みたいだと思わない?」
「優しくて、賢くて、いつも何かを変えたいと願ってて――でも本当はとても打たれ弱い」
問いかけられた小笠原さんは手を小刻みに震わせながらウチらを見る。それから「うん、うん」と何度もうなずいて、その度に涙が床に落ちた。だから、マリコ先生の手が、その手に握られたナイフまで届いたのは必然だったと思う。
「エリはさ、この子たちの前で本当に言える? このまま死にますなんて」
今度はかぶりを振る彼女の手からナイフを取り上げた先生は、それを遠くに放る。それから「マリちゃん」と抱きついてきた彼女の体を受け止めて背中をさすっている。それから「ごめんね。ずっと気づいてあげられなくて」とも。
ミコのアイコンタクトで踵を返したウチは、控室の廊下に続く方向へ向かった。ただ、子供のように泣きじゃくる二人の声だけを背に受けながら。そして、この事件の本当の犯人とも言えるミコに手を引かれながら。
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