その日の午後。部屋の鍵をシトネさんに預けてウチは外に出る。寮の中では今ごろ部屋の入れ替えに伴う大掃除が行われている事だと思う。


生徒間の公平性を保つ為にという名目らしいけど。余った授業のコマを調整するためのモノだというもっぱらの噂だ。


ただただ引っ越しみたいな作業の中で、みんながどこか楽しげに見える理由の何割かは、マリコ先生が二日酔いでフラフラしながら学校の中にある宿舎から出てきたのを目撃したからでもあるだろうし。なによりも目先に夏休みが控えてるからこそかなと思う。


ウチと一緒にプールに行きたがる女が最近まとわりついてくるけど、それはそれとしてウチも楽しみかもしれない。三食ピザ食べれるし。


ウチは荷物をまとめた段ボールを、日かげに置いてそこに座ろうと試みる。だけど中身にまだ空洞があったのか、腰が沈んで行ってしまう事に気づいて慌てて腰を上げてしまう。


「あれ」


そこで気付いてしまう。段ボールの隙間から覗く横並びの本たち。以前図書館から持ち出した何冊もの生徒会誌の側面。その一部の冊子の日焼けだけが、まだ浅いことに。


思わず手に取って、真新しい冊子とそうじゃない冊子を分けていく。そうしてるうちに、新しい冊子には共通点がある事に気づいた。


「やっぱり、ミハさんが生徒会長だった時のモノ」


それからウチは、段ボールに入った出来るだけ紙質が似てる冊子を探す、中にあった今朝もらったばかりの<夏休みのしおり>と合わせて互いに見比べていくと、やがて一つの結論に行きついた。


ミハさんが生徒会長をしていた期間の冊子だけが、新品になっているんだ。だけど、どうして――。


そんな思案に没頭していたからかもしれない。ウチは一瞬「こんにちわ」という声が自分に向けられたものとは思わなかった。それから「あの、探偵さん」と呼ばれてやっと自分が話しかけられていたと気づく。


「あっ小田原さん」

「おがさわらです!」


ウチの呼び間違えに「いいもん、よく間違われるし。昔も生徒会で影薄かったし」と、芝生に出来たアリの巣をいじりながらいじけている。


だからうちは一言謝りを入れてから、聞きたかったことがある事を思い出して尋ねた。「生徒会室のご意見箱ってどんな内容が届いてたんですか」という、とりようによっては意地悪に感じる質問であると分かっていながら。


「ううん、何も届いてなかったわよ。

 冊子の中身の空欄通りね」


そういって小笠原さんは笑った。それからショルダーバックから何かを取り出すとウチに手渡してくる。それは一枚の写真だった。


やけに古ぼけたソレを裏返すと、高台の階下に転がる制服姿の誰かがうつ伏せで映っている。手足の所々があらぬ方向に曲がっていて、それが誰かの死体である事に気づいたウチは、パッと手を離してしまう。


そんなウチの様子に気づいたのか「あっ、ごめんなさい」といって、その写真を拾い上げて、小田原さんは気まずそうに頬をかいた。


「ごめんね。役に立つと思って持ってきたんだけど……」

「その写真ってもしかして、ミハさん――ですか?」


ウチの言葉にうなずいて、それから「当時、あそこで死体を見つけた時に誰かが撮っていたの」と言って目を伏せる。


「現場保存で、それにインスタントカメラで。もちろんほとんどは、警察に渡す羽目になったんだけどね」


それから「今まで渡す勇気が出なくて」とどこか悔しそうに歯噛みしてから、小笠原さんはショルダーバックを持ち直す。それから苦笑いを受けべてみせている。


その言葉は、むしろウチよりも、むしろマリコ先生に向けられているモノだと気づく。それもそうだと思う。彼女はずっと生徒会長をここで待っていた。今も教師として。


少し悩み、それから写真を受け取る事にしたウチは、裏付けを続けることにした。今の寮の状況を見ると、もしかしたら好都合かもしれないと思って。


だから、スマホでネット上に必要な情報が残っていないかを調べていく。そこで見つけた<校内謎解きレース>の詳細を。そして確認する。謎解きで勝ち取れる権利が、生徒会長との会合そのものであったことを。


それからウチらは、一通り寮での用事を済ませ。部屋の汚さで一日中掃除に追われていたミコを連れ出して夜の高台まで来ていた。最初こそ床にうつ伏せで倒れてたけど、ウチの姿を見てすぐに起き上がって抱き着いてくるあたり現金なやつだなと思う。


その道すがらでミコが「今日はオバケいないかな」と少し心配そうにしているけど、そこは問題ないはずだ。そうウチは確信していた。だからじゃないけど、ウチは後ろ手に抱えていた花冠を、そっとミコの頭に乗せる。


「クーちゃん、これって」


信じられないモノを見るような眼をこちらに向けてくるミコから顔をそらして、ウチは「したかったんでしょ?」と、半ばやけくそ気味に答える。


「うん、クーちゃんと結婚したかった!」

「いやいやいや、そーゆーんじゃないから誤解すんな!」


この期に及んでまだ女同士でそんな事が有り得るなんて、思ってるこいつに呆れてしまう。女同士で好きなんてないし、一生結婚だってないから。でも……。


これからの事を思うと、何かに祈りたいと思った気持ちは本当で。それがこんな事で叶うならいいかなと思ったのも。その相手が、ミコで良いかなと思ったのもきっと本当。――もちろん最後のは、口に出さずにしまっておくけど。


「それでも嬉しいよ。

 クーちゃんと同じことを願えるの」


街灯の下で照らされた菜の花畑で、ミコはウチにも花の冠をかぶせる。それからウチは願いを口にして、ミコもそれに続く。だからじゃないけどウチは顔を熱くした。自分で考えた願い事も、本当に結婚式のようだったから。


だから、絵空事のような願い事と。儀式に本来いらないハズのキスを知っているのは、ウチとミコ。それと、空を埋め尽くして輝く星屑だけだったと思う。


――その次の日、ウチは告げた。

マリコ先生に、この事件の真実を。


ミハさんがどうやって死んでいったかを。

これを、この事件の結末にすべきであることを――余すことなくすべて。

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