転
放課後、校門を顔パスした先生にタクシーに乗せられてしまう。それで幾分ミコも余裕が出てきたのか、後部座席で抱き着きながら人の胸を触ってくるから手をつねっておいた。
そのまま連れてこられたのは意外にも焼肉屋の個室で。ウチはまずそこに目を白黒させた。案内してくれた店員さんと先生の話を聞く限り、予約してまでウチらをここに連れてきたかったらしい。その意図が掴めなかったから。
「まさか、私たちをここでバラバラにして食べちゃう気じゃ!」
「解体するに捕まるでしょ」
防音が完璧なお店にしか行った事ないのが丸見え。箱入りの出し方もキモいなこいつ。
「でもでも、クーちゃんと混ざりあって
消化されるならソレもあり? 同じお墓に入れるし」
ごみ処理場をお墓と勘違いしてる不道徳極まりない究極のバカは、靴を脱いでお座敷の個室に滑り込んで、真っ先にメニューをめくって肉の選別を始めている。
仕方なくウチも手招きするミコの隣に座って、メニューを眺めながらやれハラミだカルビだ特上だと言っていると、マリコ先生から「あんたらの自腹だからねそれ」という爆弾が落とされて、ウチとミコは先生の顔を同時に見上げる。そもそもこんな場所に来るとはしらなかったし、さすがにお財布なんて持ってきていない
「冗談よ」
そう言って薄く笑って席に着いた先生に、ウチは「珍しい事もあるな」と少しだけ失礼な事を思ってしまう。歓喜に湧いたミコがタブレットを操作して、思い思いのメニューを注文しはじめた。その正面では先生は届いた黄金色の液体を一気にあおっている。
ウチは届いたメロンソーダを、ストローでチューチュー吸ってから尋ねる。緊張続きで乾いておそらく今日の会合の核心になる話を。
「アルテミス――天ヶ先ミハさんの事ですよね。
今日ウチらが呼ばれたのは」
その言葉にジョッキを傾ける手が止まった。それからそれをテーブルに置いて、ウチに向き直る。だからじゃないけどウチは「先生も、高台の幽霊がミハさんだと思ってるんすか?」と、少し挑発的な色合いを織り交ぜて尋ねる。
すると先生は「そんなわけないじゃない」と首を横に振る。
でも、だとしたら分からない。釘を刺したいだけなら、それこそ学校で「調べるのをやめろ」と言えばいいだけの話だ。わざわざこんな場所にまで連れてくる理由がない。
「あたしはただ改めたかっただけ。あんたたちの間違った認識をね」
そう言いながら先生は懐に手を入れて「ミハ先輩はまだ生きているの」と、いくつもの紙を取り出した。横から焼けた肉を「あーん」してくるミコに応じて口を開けながら、ウチは「それは?」と聞き返す。ミコが横でハートを飛ばしてくるけど、今は話の腰を折りたくなかった。
「手紙よ、ミハ先輩の。最近のモノもある」
思わず何枚かを手に取って、目を這わせていく。そのほとんどに封筒もついていて、確かに差出人は天ヶ先ミハとなっている。なっているハズがないのに。
「でも、住所がありませんよこれ」
「書けない事情があるんじゃない。仮に死んだ事に偽装したかったなら、そう簡単に姿を出す事も出来ないでしょうし」
その解釈は確かに通るかもしれない。だけど……。
近年のモノに目を這わせていくと、明らかに「会いたい」といったモノや、ずっと一緒にいようという内容のモノをちらほら見える。
そこで気付いてはっとする。マリコ先生は思ってるんだ。
生きてるミハ先輩が高台に現れてるって。
「でも、高台に現れる理由はないとおもいますけど」
ウチのその言葉に手を挙げたのは、先生ではなく焼肉で頬をぱんぱんに膨らませたミコで「わたふぃはそうふぁおもいまふぇん」と反論してくる。お前どっちの味方だよ。
「だってこの手紙に、いつか会いに行くねって書いてるよ。ほら」
その手紙を受け取る。日付は十年前、まだ学校にいたころの手紙みたいだけど、その頃から文通をしてるみたいだ。
「当時から一か月おきに手紙が届いてるわ。もちろん今は居場所が分からないから、返信はできていないけれど」
それからまたグラスを大きく傾け、先生はビールを飲み干した。それから「私はまだ待ってるの、先輩が来てくれるのを」と、一言こぼした。
――マリコ先生は、言ってしまえば生徒の嫌われ者だ。あの学園で長く務めてる事にかこつけて「早くどっかの学校に行ってくんないかな」なんて事を、誰かが言ってるのを見かけるなんて、よくある事だ。だけど。
「きっと生きてるわ」
うわごとのように、いつかの言葉を繰り返す。テーブルの上に組んだ腕に顔の下半分を埋める姿は、いつもの姿勢の良さはなりをひそめて、ひどく小さいものに見える。
でもどうしてか今は、そんなマリコ先生を「子供じみている」と笑う飛ばす気にはなれなかった。
◆
あの後ベロベロに酔った先生をなんとかタクシーに叩き込むことに成功したウチは、なぜかノンアルコールビールで酔っぱらって顔が赤いミコを連れて帰路を歩いていた。プラシーボか?
「クーちゃん今日もかわいいねぇ
好きちゅき~肩甲骨舐めていい?」
「ゴミみたいなこと言うのは変わらないな。酔ってても」
もう裏路地のゴミ箱にこいつ入れて帰ろうかな。肩を貸してるとスマホも操作しづらいし。一つだけ幸いなことがあるとしたら、もう夏服のブラウスに衣替えしていたことかもしれない。
でもそのアドバンテージにも限界が来て、足腰が震え出したウチは、公園を突っ切って遠回りしていく事を決める。それからベンチに腰をかけて、先生が爆睡を始めた後にこっそり撮っていた手紙の写真を眺めていた。
内容を見ると最後の受け渡しは当時の文化祭のあと。これからほどなくして会長は亡くなったという事らしい。生徒会最大の見せ場ともいえる文化祭を、無事に終えた事に対する安堵の言葉が綴られている。
その後日に、高台の階段から転げ落ちてるところを見つかった――というのはマリコ先生の幼馴染である彼女の弁だったけど。本当のところはどうなんだろう。
少なくとも、世間的にこの件は他殺扱いはなっていなかったハズ。だとすればあの先生も懐かしんで語る事なんてできなかったろうし、事故扱いという処理をされたと考えるのが妥当かもしれない。少なくともこの手紙からは、自殺という可能性を考えるのは難しく思うのもある。
いい人の死に方が、いいモノであるとは限らない――でもそう思い込みたい自分は確かにここにいて。それこそ彼女の「生」をいまだに待ち望んでるマリコ先生のようにだ。
ウチはえてしてため息をつく――他人の痛みに、気持ちを抱いてしまうのは我ながら感傷が過ぎてるんだろうな。
それからウチは、ウチの膝に頭を乗せて横たわるミコが、立ち直るのを待つつもりだった。だから気づいてしまう。
広場全体が湖が湖に面していて、街の夜景が映し出された水面がキラキラと輝いている。おまけに露骨な電飾が床に散りばめられていて、いかにもな雰囲気を醸し出している。
辺りを見回すと、ベンチの上でカップルだらけ。暗いのも相まってシルエット達がうごめいてる事くらいしか分からなかったけれど、いちゃついてる事は十分に伝わる。だからウチが「しまった」と思った事にはもう遅かった。
不意にミコに唇を重ねられる。そう気づいたのは、頭がボーっとしだして、人の手をまさぐってくるミコの手にあわせて、体が痺れ出したからだったと思う。
だからウチの意識がはっきりし出したのは、こぼれだした唾液が顎を伝って地面に染みを作り出した頃だった。
「こんな場所に人を連れ込むなんてえっちなんだぁ」
完全にこっちのセリフだ――なんて事を言うまでもなくキスをされて、また頭にモヤがかかって体がどんどん熱くなってくる。それから「もっとカップルっぽいしよ?」と囁かれて、ウチのブラウスのボタンの勝手に外して胸元をあらわにされてしまう。
隠さなくちゃという思いとは裏腹に。体の力はどんどん抜けていく。ミコが「もっとくっつけば見られないよ」といってうちの背中に手を回して、ほどなくして柔らかくすべらかな感触がウチの体に届いてくる。すでにミコも胸元を開けていたらしい。
身体と唇を重ね合わせ、そろそろ心臓の音がどちらのモノか分からなくなってきた頃に届く「クーちゃん好き」の一セットが、何度も繰り返される。まるでこの行為には終わりがないかのように。ミコのウチに対する気持ちも、そうであるかのように。
――冷静になったウチらが、互いに赤面しながら帰ろうとなって学園に歩みを進めたのは、周りにもうカップルがいないことを気づいてからだった。
◆
「決めた。今日は休む、絶対休む」
次の日の朝、昨夜の自分を思い出してベッドを転がり悶えるウチの事を、世間だけならいざ知らずシトネさんがもちろん許すはずもなく。「クゥちゃんおはよー」と扉を叩く音にウチの肩はビクッと跳ねた。
今日もいつも通り、お弁当を作ってウチに会いに来てくれたに違いない。断ろうものなら、あの向日葵のような笑顔を曇らせてしまうのは目に見えていた。
だからウチはシトネさんを部屋に招き入れて、座布団で待機いてるように言う。律儀に正座してくれてるのはいいんだけど、髪をすいてる時でもずっとニコニコ見てくるからめちゃくちゃ気になる。
ウチがチラりとシトネさんを見ると「わっ」と口にして、明後日の方向を見やってごまかしている。どうやらバレてないつもりらしい。
そんな茶番を何度か挟みながら、自分のモーニングルーティンを全てばらす羽目になったウチは、顔を熱くしながら一緒にフォルマッジピザを平らげて部屋を出た。それから「行ってらっしゃいと」と、寮の前で手を振るシトネさんに見送られ通学路につく。
その道中、赤煉瓦の道に面したベンチに腰を落ち着けていたミコはウチを見つけたすぐに「クーちゃん学校サボらなくて偉いね」と見透かした事を言ってきたから、体操着の入った鞄を顔に投げつけておいた。
だからじゃないけどウチは、学校に行くまでの道をそれて高台に向かう。それから階段を一つ一つ時間をかけて調べていく。するとミコが「何を探してるの?」とウチに尋ねてきた。
「十年前もしもここで本当に誰かが死んだのなら、
他の場所と比べて、真新しい部分があると思うんだけど」
記念碑の年号と照らし合わせても、少なくともこの場所は三十年前から存在する。十年前に誰かが転げ落ちて死んだのなら、部分的に取り換えられた可能性があったから。
それを聞いて、なぜか楽しそうに腕まくりをしてみせた反社会的な女は「いってきまーす」と階段を駆け上っていった。どうやら上から探してきてくれるらしい。だけど――。
「ないね」
「なかったー」
ほぼ同時に口にして、それから階段を椅子に腰かける。夏休みも間近の夏の日差しも、死角で日かげのこの場所では少し涼し気に感じた。
工事の跡は全くなかった。でもだとするとどういう事なんだろう。ここで誰かが落ちたわけじゃないという事は、マリコ先生の言うように本当にミハさんの死は偽装で、生きている可能性すらある気がしてくる。
そして、仮にあの時の白無垢がミハさん以外の誰かだとすると、それをするだけの妥当な理由が見つからないのも、また事実に思えた。ただあの日感じた違和感の正体には、ウチは薄々気づいていた。
あの時の白無垢は二人組ではない。人形などを使って二人に見せかけていたトリックだった事に。何故ならあの時、ウチらを追いかけてきたのは、二人じゃなくて一人だったんだから。
――まぁ、だからといって、白無垢の動機が分かるわけじゃないんだけど。
ここにきて窮したウチが、あまりあてにはならないと思いながらも「ミコはどう思う?」と首を横に傾けると。至近距離のミコと目が合ってしまう。
平時なのに珍しく顔を赤くして目を泳がせているミコが「ゴメンね」と言って、ウチに唇を重ねる。それは昨日のような、気が遠くなるほどの長いキスとは別で、ほんの触れるだけの短いモノで。それでも昨日のことを思い出すには十分だった。次第に体が熱くなっていくのを感じる。
「昨日は、あそこまでするつもりじゃなかった。
怖がらせたかなって。酒乱のアタシ」
いや、お前ノンアルコールだったけどな。
とは思いつつも、そんな風に茶化す余裕は今のウチにはない。
だから熱くなった耳の前に垂れてきた髪を、かき上げながらウチは応じる。「いいよ別に」と一言だけ。
その言葉に「ほんと!?」と顔を近づけて、それから「もっと激しい事しちゃおうかなぁ」などと言い出したミコの手を捻って悲鳴を上げさせる。
「本当にこの階段を、
工事で通行禁止にしてやろっか?」
「ミコの血で!?」
それに返事を返す気はないウチは、階段を一人で駆け下りていく。ほどなくしてウチを追いかけてくるミコの「許してくれるの優しいね。好き」という声も次いで聞こえてくる。
別に優しさとかじゃない。ただ――怖くなかったし、いつもより気持ちよかったなんて言えるわけないじゃん。
「死ね!」
「なんで今ミコ罵倒されたの!?」
それでもなんやかんや嬉しそうなミコにまとわりつかれながら、ウチらは校舎に向かって歩を進めた。
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