第17話勇者パーティはお約束通り困る3

符術士がパーティに必須のジョブだと? そんな筈はない。俺に間違いなんてある筈がない。そうだ、レオは落ちこぼれの符術士だったんだ。俺の判断に間違いはなかったんだ。


「そうですか。以前は12種ものマルチキャストができる符術士さん、レオさんという方がいらしたのですね? 12種なんて並みの符術士さんじゃないですね。普通は5か6位ですから。きっとやむおえない事情でパーティを抜けられたんですね。そのレオさんは?」


「い、いや、あいつは……そりゃちょっとカッコいいとか思ってたけど、でも、あれ? 何でだっけ?」


「五月蝿いこの雌豚ぁ!」


「キャ!!」


レオのことを聖女アイリスに話す剣聖エミリアにいきなり蹴りを入れて暴言を吐く勇者アーサー。


「勇者様。エミリアさんはあなたの恋人ではないのですか? それなのにどうして?」


「ア、アーサー様?」


「俺に触れるなぁ この売女がぁ!」


「きゃあ!?」


勇者アーサーに手を伸ばす剣聖エミリアの手を乱暴に払いのける。


そして、真っ黒に膨れ上がった怒りが巻き上がり、俺は思わずエミリアの腹を思いっきり蹴りあげた。


「い、痛い……お、お腹の子が……」


「五月蠅い!? 黙れクソ豚がぁ!」


「止めて下さい勇者様。エミリアさんのお腹にはあなたの子がいるのでしょう?」


しまった。俺とした事がついカッとなって……誰も見ていない処でやるべきだった。


慌てて、繕って、エミリアに謝る。エミリアが身籠ってしまったのは誤算だが、そのうち思いっきり蹴りあげて無理やり堕胎させるつもりだった。


貴重な俺の種をこの程度の女に与える訳にはいかん。そもそも王に知れたら無理やり結婚させられかねん。エミリアは一応公爵家の令嬢だ。一応身分だけは釣り合うからタチが悪い。


俺の子を身籠るのは聖女か何処かの王女クラスだ。いや女神が降臨したら俺に相応しいだろう。間違っても公爵家令嬢程度ではダメだ。こいつはあくまで俺の肉便器なのだ。


しかし、俺の思慮深い考えも意に返さず先程注意してきた聖女アイリスは冷たい目で俺を見下ろす。何だよその目は?


全く馬鹿な女だ。そんな目で見なければ俺の女にしてやった上、結婚だって考えてやったものを……未熟とは言っても一応聖女だからな。俺のアクセサリーとしてはまずまずなものを。


勇者アーサーの失礼極まりない思考を読み取ったかの様に聖女アイリスは軽蔑の視線を向けていた。


「なんだよその目は!」


アイリスの視線に不快感が増す。


「私はただ注意を促しただけです。人に……ましてや女性に乱暴を働くのはお止めになられた方が宜しいかと存じます。勇者であり、王子の名に傷がつきますよ」


「ふん、わかった。聞き入れてやる」


聞き入れてやるって、女の子のお腹蹴るなんて常識ハズレ。そんなことまで言われないとわからないなんて……もしかして勇者アーサーは馬鹿?


魔法剣士シエナは一人心の中で突っ込む。


『馬鹿なんだ。今頃気がつくなんて私も馬鹿……』


一人自分への突っ込みも忘れないシエナだった。


☆☆☆


「気を取り直して先へ進むぞ」


「勇者様、今日はそろそろ帰還した方が良いのでは? さっきの魔法禁止域は何とか乗り越えましたが、装備の損耗や疲労は私の魔法でも癒せません。一旦帰還して後日改めて」


「五月蝿い。俺の判断に間違いなどある筈がない!」


勇者アーサーに無理やり行軍を強いられる勇者パーティ。その面々は皆、疲労困憊だった。勇者アーサーが平気なのは勇者という前衛に適した才能を所持しておきながら、一番弱い奴隷の魔法戦士シエナを先頭に自分は聖女の近く、つまり一番後ろにいて大して戦っていなかったためである。何処までも卑怯な男だった。


「グ、グレーターデーモン! オーバーランクです!」


先頭のシエナが叫ぶ。


イレギュラーな上位の魔物に接敵して一気にピンチに陥る勇者パーティ!


「ええい怯むな! シエナは肉壁としての役割を果たせ! 死んでもいいから足を止めろ!」


奴隷だからだと言って命を捨てろと簡単に言う勇者アーサー、だが。


「しまった!」


シエナは命令通りに命懸けでグレーターデーモンの進みを遮るが、高レベルのデーモンはシエナの防御網をやすやす通り抜ける。


「こいつ俺を狙ってやがる!」


勇者に襲いかかる魔物。


「こんなヤツ俺の聖剣で、は?」


ボトン。


物が落ちる音が聞こえた。


「お、俺の腕がぁー!」


勇者の腕がいとも簡単に突然発生した黒い刃で切断される。当然魔物の仕業だ。


「エミリア様、私が囮になります。勇者様の守りを! ルビー様は援護の魔法を! 聖女様! 勇者様を!」


的確な指示を奴隷のシエナが出し、命がけで魔物を挑発する。エミリアが魔物と勇者との間に入り、ルビーが牽制の攻撃魔法を使う。


「皆さん。この魔物の目が赤くなった時にあの黒い刃が来ます。何が何でも聖女様を守ってください」


何故何が何でも聖女を守る必要があるのか?


「勇者様。今、治癒します。『セイクリット・ヒール』」


聖女の最上級の治癒魔法でルビーにくっ付けられた両腕が元に戻る勇者。


「お、俺の腕がぁ! でかしたぞ!」


「勇者様は何が何でも聖女様を守ってください!」


シエナは必死に叫ぶ。最前線で一番危険に晒されていながらパーティへ的確な指示を出す。本来勇者アーサーが行うべきだが……。


「そんなこと言われなくてもわかってる!」


わかっていたら行動しろよ。相変わらず心の中で突っ込むシエナ、しかし。


「ひ、ひぃ! 目が赤く光ったぁ!!!」


勇者アーサーはなんと逃げ出した。


「勇者様! 突然逃げないでください!」


シエナの突っ込みも虚しく遁走を図る勇者、だがそのため最悪の事態が起きた。


「え?」


疑問符を浮かべた聖女アイリス。彼女の首は……黒い刃によって切断されていた。


コロコロコロと転がるアイリスの頭部。


「せ、聖女さまぁー」


泣き叫ぶシエナ……だが。


「逃げるわよ、ルビー。シエナはそこで肉壁ね」


勇者アーサーに引き続き剣聖エミリアと魔道士ルビーまでもが逃げ出す。


「あ……ああ。聖女さま……」


尊敬していた聖女を目の前で殺されて……いや、勇者アーサーが逃げたからだ。その上、自分を犠牲に逃げ出す仲間。シエナの顔色は絶望に染まっていた。

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