三 の 三

「プリン、好きなの? 調理実習でも食べたのに」


「それは弟にやる用だよ」


「弟さんに? 本当にやさしいんだ、万知也君は」


 まつりは袋に鼻を近付けて、中に匂いをかいだ。


「うん、良い匂い。美味おいしそう」 


 両目を弓なりにして笑う顔には、作ったような不自然さは無かった。


 万知也の自宅の前で、二人は別れた。


「ただい……わっ」


 玄関の戸を開けた途端に大きな犬に飛びつかれ、万知也はひっくり返りそうになる。高い足音をさせて、縫以ぬいが走ってきた。「ああ、駄目だよう」


 犬は尻尾を振って万知也を見上げる。犬と云うより狼のような精悍な顔つきだった。耳の先から尾の先まで見事に白い。


「何だ、この犬。どうしたんだ、」


「えっと、あの……、ついてきちゃった」


 縫以はくびを縮めて、もじもじと答えた。


「ついてきたって、ただでついてくる訳がないだろう」


「でも、あの……、ついてきちゃったの」


 万知也は溜息を吐いた。腰を落とし、犬のからだを調べる。頸輪はしていないが、こんな大きな犬が野良だとは考えにくい。毛つやは良好で、体格も堂々としている。何しろ人間に良く慣れている。どこかの飼い犬であることは間違いないだろう。


「飼い主が探しているかもしれない。外に出そう。そのうち自分から家に戻るかもしれない」


「……うん……」


 縫以はがっかりしたように項垂うなだれた。このままこの家で飼いたかったのだろう。


 万知也は犬の尻を軽く叩いて、外へと追い出した。


「またね」


 縫以が手を振る。犬は何度も振り返りながら、家の敷地を出ていった。


「どこの犬だったんだろうな」


 近くの家の犬だったら、また会えるかもしれない。そう云って慰めても、縫以は悄然としたままだった。


「そうだ、ぬい、プリンを買ってきたぞ」


 万知也は袋からプリンを出して縫以に手渡した。


「どうもありがとう」


 縫以は元気なく礼を云った。犬に飛びつかれた際に袋を振ってしまった所為せいで、プリンはぐちゃぐちゃになっていた。縫以は最後までしょんぼりとプリンを食べた。


 夕方、槙乃が仕事から帰ってきた。


「今、家の外に真っ白な犬がいたんだけど、どこの家の犬だろう。綺麗な犬だったから、野良じゃないと思うんだけど」


 居間にいた万知也と縫以は顔を見合わせた。


「迷子かな、可哀想に。保護した方が良いのかしら」


 縫以が不安げに眉根を寄せる。大丈夫だよ、と、万知也は答えた。


「そのうち自分で帰っていくよ。犬には帰巣本能があるから」


「そうね、そうだと良いけど」


 槙乃は一息つくことなく台所へと入っていく。万知也と縫以も手伝いに続いた。


 夕飯の支度が終わる頃に、木綿斗ゆうともアルバイト先から帰宅した。


「外に大きな犬がいたけど、どこの犬だろう」


 縫以がすぐさま玄関へと走る。万知也もお玉を置いて追いかけた。だが家の外に犬の姿は無かった。道路を見回しても、どこにもいない。縫以は肩を落とした。


「飼い主の元へ帰ったんだよ」


 万知也が頭に手をのせると、縫以は黙って頷いた。

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