三 の 四

 明くる朝、万知也と縫以が並んで投稿していると、昨日の白い犬が走り寄ってきた。縫以は歓声を上げて犬に抱きつく。犬も嬉しそうに顔をすりよせた。


「よほどぬいに懐いているんだな」


「本当にどこかの家の子なのかなあ……」


 縫以はまだこの犬を飼うのを諦められないらしい。


くび輪はないけど、これだけ人に慣れているし、毛つやも良いし、野良ではないだろう」


 犬はしばらく二人を一緒に歩いたが、歩道橋の手前でどこかへと去っていってしまった。


「行っちゃった……、」


 縫以が淋しそうに呟く。


「この近くの犬だったのかもな」


 後ろから燈利とうりが歩いてくる。二人を横目で見ると、素早く頭を冴えて歩道橋を上っていった。彼の姿が見えなくなったところで、二人はゆっくりと階段を上がった。


「ぬい、あれから燈利にいやなことをされていないか?」


 縫以はくびを横に振った。そうか、と、万知也は頷いた。縫以は美蘭乃がクレーンゲームで獲った猫のぬいぐるみを抱えていた。よほど気に入ったのだろう。


「ぬい、おまえ、美蘭乃とゲームセンターに行ったことあるのか?」


「うん、あるよ」


 縫以は素直に頷く。


「どうして一緒に行ったんだ?」


「みらのちゃんが、一人じゃ淋しいからって」


 例の作り笑顔で、彼女は縫以にそう云ったのだろうか。


「ぬいの為に、何度もこの猫を取ってくれようとしたんだ。みらのちゃん、やさしいよ」


 縫以は猫の顔を撫でて、万知也に笑いかけた。


 教室に入ると、片倉まつりが前の席からからだをよじって話しかけてきた。


「おはよう、万知也君」


「おはよう」


 挨拶を返しながら、万知也は鞄を下ろす。


「昨日のお寿司、すっごく美味おいしかったあ」


 語尾の「あ」で、まつりは口を大きく開けて笑う。


「そうか、良かったな」


 数人の女子生徒がまつりの机に近寄ってくる。


「片倉さん、帝都の話してよ」


「帝都っていろんなものがいっぱいあるんでしょ」


「帝都の子たちって、どんなことして遊ぶの?」


「こないだテレビで観たお店なんだけど、行ったことある?」


 矢継ぎ早にくり出される質問に、まつりは鬱陶しがることなく気さくに答えていく。万知也の机のまわりも、田畑たち男子が取り囲んだ。


「万知也は良いなあ」


 肩に肘を置かれ、羨ましがられる。


「何がだよ」


「片倉とすっかり仲良しで」


 仲良しとは何だと、万知也は顔を顰める。「席が近いだけだ」


 事実を述べても、彼らの嫉妬はやまない。


「いつも万知也ばっかり」


「嫁がいるくせにな」


 万知也は仕方無くもう何度目かの決まり文句を口にする。「嫁じゃない。あいつははとこだ」


 その美蘭乃は、今日は万知也の教室に姿を見せなかった。片倉まつりは放課後も女子たちの質問攻めに合っていた。美貌はもちろんのこと、帝都から引っ越してきたことが、皆は憧れるようだった。同じ帝都から来た美蘭乃とはずいぶん違う。

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