二 の 十四

何処どこだ、ほころびは」


 全員で周囲を見回す。更紗が一本の電信柱を指差した。「あれだね」


 コンクリートの表面に、縦に長い裂け目がある。決してこちらの世界にはこぼれ出さない艶かしい光が、僅かな隙間からシャボン玉の膜のように多彩に揺らめいている。


「今回は判りやすくて助かるな」


「邪魔者もいないみたいだしな」


 更紗は優美にくびを傾げた。「あれだけ長めに裂けているのに、何もこちらへやって来ていないなんて……、」


「電柱はさすがに硬いんじゃないのか、」


「さほど大きくは開いていないからな」


 あんな細長い隙間から出てこられるのは、糸みみずくらいだろうと、木綿斗は笑った。


「いずれにしろ好都合だ。丑三つ時になる前に、早いところ繕ってしまおう」


 裂け目は目線より上にあって、縫以の身長では届かない。力自慢の旺史郎が縫以を肩車した。


「どうだ、ぬい。届くか、」


「うん、大丈夫」


 手を伸ばせば何とか届いた。縫以は繕い用の絹糸を通した魂針を、裂け目の際に刺した。


 途端にかまびすしい音が鳴り響く。皆は両耳を塞ぎ、縫以は旺史郎の肩から落っこちそうになる。


うるさい!」


「何だ、これは?」


「蛙か?」


 雨蛙の鳴き声に似ているが、何せ大きい。鼓膜を突き破りそうだった。万知也はほころびがさっきよりも開いているのに気が付いた。


「上だ!」


 音が止み、木綿斗が怒鳴る。皆は手を下ろして空を見上げた。電信柱のてっぺんにいたのは、巨大な蛙だった。蛍光色の良く湿ったからだを丸めて、器用にしがみついている。頭の部分が透けていて、不思議に空っぽである。その空っぽの部分を輝かせて鳴きはじめると、電線が振動して鳴き声を派手に響き渡らせた。


「でかぶつめ!」


 皆は耳をめいっぱい押さえた。だが鳴き声は容赦なく鼓膜を突き刺し、脳を揺さぶってくる。これでは悪夢も見る訳だと、万知也は思った。


 鳴き声に誘われるように、裂け目からぬめりけのあるものが数珠つなぎに溢れ出てきた。蛙の卵だった。一粒一粒が、駝鳥の卵ほどある。ずるずると地面に落ちてきて、全く途切れない。皆の足元をゼラチン質で埋めていく。


「これじゃあぬいが繕えない!」 


 万知也は大声を張り上げた。がならなければ、互いの声も聞き取れない。耳から手を離せば、本当に鼓膜が破れてしまいそうだった。


「あのでかぶつの鳴き声をどうにかしないと駄目だな!」


「どうやったら良い子で黙ってくれるんだ!」


 更紗が蛇のぬいぐるみに息を吹きかけ巨大化させる。三すくみに倣って、蛙ならば蛇と云う訳だ。蛇は瞬く間に電信柱を上り、牙を見せて威嚇した。しかし蛙は動ずることなく鳴き続ける。


「駄目だ、ちっとも怖がらない!」


「生意気な両生類だな!」


 更紗のぬいぐるみたちに攻撃をする能力は無い。蛇はしおしおを引き下がって元の愛らしい姿になった。


 徐々に蛙の鳴き声は威力を増していく。頭が割れそうに痛い。き気がするほどだった。縫以は旺史郎に肩車されたまま、必死に耳を塞いで小さくなっている。

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