二 の 十二

「別にこっちが進んでそうしている訳じゃないよ。向こうが望んでいることだから」


「そうそう。私たちに話しかけられると、迷惑なんだって」


 他の女子生徒も援護をする。


「あの子、帝都から来たんでしょ? 私たちのこと、田舎者だって見下してるんだよ」


「制服もいつまでも向こうの学校の着てるし」


「あの髪の毛だって天然だって云い張って、おまけに泣きだして先生に無理やり認めさせたんだから」


 級友達における美蘭乃の評判は最悪なようだ。判った、ありがとうと礼を告げて、万知也は帰った。


 自宅の近くまで来ると、列をなした子どもが向こうから歩いてきた。縦に並んで、手を繋いで、万知也の横を通っていく……先日見かけたよりも、人数が増えている。そしてやはり誰も彼も、両面が不自然に離れている。


 最後尾の一人が、振り返って万知也を見る。赤い舌を出して、あかんべえかと思ったら、その舌に蜻蛉とんぼがとまった。子どもは顔色を変えずに、蜻蛉をそのまま丸ごとくしゃりと口腔に納めた。あまりに鮮やかな動作だった。


 聞き馴染みのある鈴の音がして空を見上げると、額にやわらかなものが衝突した。更紗の伝令だ。万知也はぶつかってきたぬいぐるみを手のひらにのせた。先日の法事で縫以が渡したばかりの、ふくろうだった。小刻みにからだを揺らして、内に仕込まれた鈴を懸命に鳴らす。


「……ほころびか、」


 梟はいつまでもりんりんとうるさい。ずいぶんとやる気に溢れた新入りだなと、万知也は頭を押さえて黙らせた。よくよく見ると耳があって、梟ではなく木菟みみずくだった。


 家に入ると、居間で縫以が裁縫道具を広げていた。万知也のただいまが聞こえないくらい、真剣な雰囲気だった。


 テーブルの上には熊のぬいぐるみが横たわって、手足がちぎれて綿が飛び出している。今から作り上げるのではない、これは縫以が何年も大切にしてきた熊だ。縫以は取れたひとみのボタンを縫いつけていた。


「酷いな、」


 万知也は鞄を肩から下ろし、熊の無残な片腕を取り上げた。縫以ははっとしたように万知也を見上げ、おかえりと、早口で云った。


「どうしたんだ、これ。ぬいが自分でやったんじゃないよな、」


「だ、大丈夫、すぐになおせるから……、」


 引き攣った笑顔は、”無理”の証拠だ。


「云えよ、誰にやられたんだ、」


 縫以は万知也と目を合わせようとしない。


「ぬい、」


「誰にも何もされてないよ」


 くびを傾け、視線を下に落とす。万知也は苛々とするのを、腹に力を入れて抑えた。


「ぬいがやさしい奴だってことは知ってる、誰も悪者にしたくないことも、判る。でもこれは、悪いことだ。人の大切にしているものを傷つけるのは、絶対に悪いことだろう。だって、もの凄く哀しいことだもんな」


 縫以が小さく握りこぶしを作る。


「悪いことをした奴は、正当に叱らなくちゃいけない。それは悪いことなんだって、しんから理解させなくちゃいけない。じゃないとそいつは次々に悪いことをする。罪を重ねる。やがて本物の悪い奴になってしまうんだよ」


 縫以は俯いたまま、唇を噛んでいる。頬に泣いた痕跡は見当たらない。以前なら、泣いて、一日中だって一週間だって泣いていたのに。


「今ならまだ、悪いことをしてしまった奴で済む。悪いことをしてしまった奴は、正しく反省をすればゆるされるんだよ。けれど本物の悪い奴になってしまったら、もう引き返せないんだ。ぬいはそれでも良いのか、」


 縫以はそろそろと万知也を見た。「母上様や、ゆうとくんにも云う?」

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