二 の 十一

 翌日の教室も空席が淋しかった。時期外れのインフルエンザかと、先生も訝しがった。他のクラスも欠席者が多数いるらしい。


 小テストを軽やかに済ませると、万知也は頰杖をついて窓の外を眺めていた。突如、不気味な唸り声がして振り向くと、斜め前の女子生徒が机に伏せている。酷く苦しげな様子に、先生も慌てて飛んできて、どうしたのだのだと肩を揺さぶった。


 女子生徒は弾かれたように身を起こした。大丈夫か、どうしたんだと先生が訊ねると、途端に泣きだした。


「寝かさないで、私を寝かさないで」


 神経質な声で泣きわめく彼女に、先生もどうして良いか判らないようだった。保健係に頼んで、彼女を保健室へと連れていかせた。一体どうしたと云うんだと、先生は溜息をつき、ざわついた教室を手を打ち鳴らして静まらせた。


 万知也は隣りの席の女子生徒が、自分の手の甲をつねっているのに気が付いた。何度もくり返しそうやっているのか、皮膚は真っ赤になっている。彼女も気分が悪いのか、青い顔をして、目元にはどす黒いくまができていた。


 放課後、万知也は小テスト中に保健室に連れていかれた女子生徒にたずねかけた。


「もう具合は良いのか、」


 彼女ははにかむように歯を覗かせた。「うん、平気。ちょっと、いやな夢を見ただけだから」


「夢?」


 どれほど怖い夢だったのかと、万知也は不思議に思う。「一体どんな夢だったんだ?」


 彼女は躊躇するように隣りの友人を見た。手の甲をつねっていた生徒だ。友人は上目で彼女を見返した。


「もうずっと、寝るたびに見てるの。同じ夢」


「……私も」


 隣りの友人も口を開く。「二人とも、一緒の夢」


「一緒の?」


 二人はそそって諾く。


「おかげで、ずっと、寝不足なの」


「もう眠るのが怖くて」


「どんな内容なんだ、その夢は、」


 彼女たちは双子のように眉をひそめた。


「聞かない方が良いよ、万知也君。何かこの夢、伝染するみたい」


 万知也は一組の教室を訪ねた。室内を眺め回してみても、美蘭乃はいなかった。入り口の近くの席で固まって話している女子生徒たちに美蘭乃のことをいた。


布目ぬのめ?」


 布目って誰だっけと、一人がくびを傾げる。


「ヤミコちゃんじゃない?」


「ああ、ヤミコちゃんか。ヤミコちゃんなら、今日は来ていないけど」


 美蘭乃はクラス内では”ヤミコ”と呼ばれているらしい。


「ヤミコって、布目の仇名あだな?」


「そうだよ」


 薄く笑みをかべて答える彼女が、このグループのリーダーのようだった。


何故なぜヤミコなんだ、」


「闇っぽいから」


 簡潔な返答に、なるほどな、と、万知也は肩を竦めた。


「そっちのクラスでも、妙な夢って、」


「うん、次々と見る人いるね」


 私も見たと一人が手を上げると、私もともう一人続いた。


「布目にもその話をしたか?」


「ヤミコちゃんに? ヤミコちゃんには、誰も何も話さないよ」


「どうして、」


 とがめられたと思ったのか、リーダー格の少女はむっとした表情になる。

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