二 の 十

「あたしと万知也、同じ誕生日なんだよ」


 美蘭乃は気取った手つきでラムネを受け取った。


「知ってる? この国のはじまりの帝は、結合双生児だったって。だからあたしと、万知也は、運命で結合されてるんだよ」


 その伝説は、万知也も聞いたことがある。だが美蘭乃の論理はあまりに飛躍しすぎている。万知也はこれ以上はこの話を掘るまいと思った。どうあっても、解き明かせそうになかった。


「燈利、腕を怪我してたぞ。知ってるか。体育で転んだって云っていたけど、もしかしたら違うのかも……」


「だから何?」


 美蘭乃の顔つきが、瞬時に変わった。


「あいつが怪我しようが何しようが、あたしには関係ないじゃない」


 迸る怒気に、思わず万知也は圧倒された。


「いちいちいちいち何なの、気持ち悪い。弟が怪我したくらいで何なの、気持ち悪い」


 気持ち悪い気持ち悪いと、美蘭乃は唾棄するようにくり返す。握りしめたラムネの容器が、ひしゃげた。


「あたしだって殴られたんだから、良いでしょ」


 万知也は反射的に口を挟んだ。「どう云う意味だ、それは、」聞き捨てならない台詞だった。


 美蘭乃は怯んだように顎を引くと、


「万知也には関係ない」


 潰れたラムネの容器を掘りに投げ捨てて、行ってしまった。


「おい、ごみを捨てていくな」


 引き止めようとしたところへ、携帯電話が鳴った。槙乃からだった。


「まちやごめんね、今日ちょっと遅くなりそうなの。何だか人手が足りなくて。夕飯のおかず、商店街で何か買ってきて。お金は後で返すから」


 明るい母の声に、全身の力が緩む感じがした。


「判った。何でも良いのか、俺が選んで、」


「もちろん。まちやが好きなもの買ってきて」


 電話の向こうで、槙乃が笑った。何を買ってくるのか、想像がつくのだろう。


 万知也は来た道を戻って、商店街に入った。幼い頃から馴染みのある肉屋で、揚げたてのメンチカツとコロッケを買う。この店のメンチカツは世界一だと、万知也はつねづね思っている。世界中のメンチカツを食べなくったって、判る。


 コロッケは万知也と木綿斗の分が定番の牛肉入りで、槙乃が野菜、縫以のをチーズ入りにした。完璧な選択のはずだ。


「万知也君、これあげるね」


 店の小母おばさんが、コロッケをひとつおまけにくれた。


「ありがとう、小母さん。今日休みの店が多い気がするけど、何かあった、」


 商店街はほとんどの店が明日の火曜を定休日としている。小母さんも理由を知らないらしく、くびを捻った。


「そうなの。今日は何だかおかしいのよ」


 走るとコロッケが潰れそうだったので、歩いて帰ることにした。すると向こう側から燈利がやって来るのが見えた。万知也が片手を上げると、あからさまに気不味きまずそうに会釈をした。


「コロッケ食べるか、」


 万知也はおまけで貰ったコロッケを、紙包みごと差し出した。燈利は目を合わせることなく答える。


「……いりません」


美味うまいぞ」


「じき夕飯だから」


 祖父母宅の夕食は、万知也の家より早い。


「そうか、そうだな」


 万知也は頷いた。「お祖母様の作る料理、美味いか、」


 燈利はややためらうように間を置き、目を伏せたまま頷いた。


「そうか。そうだよな」


 嘘でも、万知也に配慮したのでもないようだった。燈利は絹江の使う木通あけびの買い物籠を下げていた。中学生の男子が持ってもなかなか良いな、と、万知也は思った。


「買い物か?」


「……頼まれて」


「お手伝いか。偉いな」


「厄介な居候ですから」


 本心から誉めたのを荒んだ口振りで返され、万知也は驚いた。


「誰もそんなことは思っていないよ。お祖父様たちも、俺たちも」


「心の奥底のことなんか、判らないですよ」


 耳にしたこちらが不安になるくらい、荒涼とした響きがあった。失礼しますと、他人行儀に挨拶をして、燈利は去っていった。万知也は何か彼の心情の一端に触れたような気がした。

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