二 の 八
「何かって、何だ、」
立派に成人している獅子郎だが、更紗の横にいたいが為、酒を飲んではいなかった。縫以が
「父親のこととか、」
「どうだろうな。でも、何か内心にある気がする」
「あるいは逆に、何か云いたいことがあるのかも」と、更紗。食事の大半を獅子郎に食べてもらい、好物の果物をゆっくりと堪能している。
「抑圧……?」
万知也は眉根を寄せながら刺身を口に運ぶ。
「僕たちは彼にあまり信頼されていないんだろうね」
「何故だい、サーラ。俺たちは親戚同士だろう。血の繋がりがあるじゃないか。現に、彼は今お祖父様の家で生活をしている」
更紗は表情を動かさずに、獅子郎に
「血の繋がりがあると云っても、長い付き合いがある訳じゃないからな」
木綿斗が空になった万知也のグラスにサイダーを注ぐ。
万知也たちが燈利と美蘭乃に初めて会ったのは、たった一年半前だった。祖父は若い頃に姿を消した自分の兄がいつ死んだのかも、その息子と孫の存在も、知らなかった。
そんな美蘭乃と燈利を引き受け、面倒をみているのは、やはり血縁関係にあるからではないのか。
「血は水よりも濃し、じゃないのか、」
万知也も木綿斗のグラスにサイダーを注いだ。生前の父と伯父もよくこんな風に兄弟で酌をし合っていたことを
「俺はサーラと血を分け合えて嬉しいぞ、サーラ」
「僕もだよ、兄さん」
獅子郎の戯言を、更紗はさやけき水のように受け流す。どれほど過度な愛情を注がれても、獅子郎色に染まらないのが更紗だった。
手洗いに立った万知也は、和やかに談笑する大人たちのなかに槙乃の姿にないのに気が付いた。手洗いを済ませると、元の座敷とは逆方向の廊下に、母の後ろ姿があった。項垂れ、肩を顫わせて、槙乃は泣いているようだった。
万知也は咄嗟に物陰に隠れた。鼓動が早くなる。母は父のことを憶い出して泣いているのだろうか。
葬儀の日、母は
そんなことすら判らない、だから己自身をも見誤るんだよ、無能者の万知也。
万知也はその場を静かに離れた。今すぐにでも走りにいきたかった。俺はどれほどまでも努力しなければいけない。
● ● ● ● ●
月曜日の学校は欠席者が目立った。田畑も引き続き休みだった。疲れたような顔をしている生徒が多く、授業中に居眠りする姿もあった。気が緩んでいるぞと担任の先生が注意をしたが、まるで効果はなかった。
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