二 の 七

「美蘭乃ちゃんは?」


 槙乃が出席していない美蘭乃を心配して絹江にたずねる。弟である燈利は万知也の隣りに坐っていた。


「朝から具合が悪いみたいで」


「まあ、一人で大丈夫かしら」


「ええ、お昼の用意はしてきたから、多分大丈夫でしょう」


 燈利は我関せずと云った面持ちで、黙々と食べている。仮病なのではないかと、万知也は疑った。美蘭乃はこうした親戚の集まりを、遠ざけているふしがある。


「さらちゃん、これ、とっても遅くなっちゃったけど」


 縫以は隣りに坐る更紗に、自分で作ったぬいぐるみを渡した。


「鳥……だね」


 更紗の使う十二支のぬいぐるみのうち、とりだけが一年前から欠番だった。


「ぬい、それ、鶏じゃなくて、ふくろうじゃないか、」


 木綿斗が指摘する。


「十二支の酉は、鶏だな」と、獅子郎。


「ああ、そっかあ……。可愛いなって思って、間違えちゃった」


 縫以は肩を落とした。更紗は梟の丸い頭を撫でて微笑む。


「僕は気に入ったよ。可愛い子だね。名前をつけてあげなくちゃ。どうもありがとう、ぬい」


 礼を云われて、縫以も微笑む。


「サーラ、兄さんの分の果物も食べるかい、」


 返事も聞かずに獅子郎が更紗に自分の果物をくれる。縫以は茶碗蒸しに喜んだ。万知也は苦手な里芋の煮物を睨みながら、メンチカツが食べたいと考える。


「燈利君、食べてる? 美味おいしい?」


 槙乃がくびを伸ばして燈利に話しかける。


「あ、はい……、」


 燈利は下を向いたまま頷いた。


「たまにはうちにご飯を食べにきてね。すぐ隣りなんだし、いつでもかまわないから。美蘭乃ちゃんも一緒に」


「はい……」


「家のことを良く手伝ってくれるんですよ、燈利君は。おかげでとっても助かっているの」


 絹江が穏やかな口振りで褒める。


「そう、やさしいのね、燈利君は」


 槙乃が感心する。「いえ、そんなこと……、」燈利は頬を赤くした。


「お父さんからは、何か連絡は来ないの?」


 淑子がく。燈利と美蘭乃の父親は、依然として行方知れずのままだった。


「はい……」


 責める意図はなく、純粋に燈利たちを案じての質問だったが、燈利は肩身の狭そうに答える。


「そうなの……、心配ね」


 皆も燈利を思いやってか、別の話題に移る。万知也は刺身をそれから食べるか迷った。椀の転げる音がして隣りを見ると、燈利が汁椀をひっくり返していた。


「大変」


 槙乃と淑子がお絞りを持って駆けつける。万知也も手伝って、畳に溢れた吸い物は手際良く拭かれた。燈利は呆然としたように動かない。


「酷く濡れたな」


 万知也は新しく持ってきてもらったお絞りで、燈利の手を拭いてやった。びしょ濡れの袖を捲ると、腕にはガーゼや絆創膏が貼られていた。


「怪我しているのか。大丈夫だったか、」


 燈利の顔が強張った。


「体育で、転んで……、」


 訊ねてもいないのに怪我の理由を云う。「自分でやりますから」と、万知也から引ったくるようにお絞りを取った。捲られた袖を元に戻す。


「とうりくん、大丈夫……?」


 縫以が斜め向かいの席から訊ねる。燈利は返事もせずに服を拭いていた。


 大人たちが酒を飲む代わりに、子どもたちはオレンジジュースやサイダーを飲んだ。燈利は先に帰ると云って、一人で帰っていってしまった。歩いてもさして時間のかからない距離だった。


「あいつ、何か隠しているんじゃないか、」


 木綿斗が燈利への推察を述べる。万知也の隣りにいた木綿斗にも、彼の腕のガーゼは見えたらしい。

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