二 の 五
悄然と帰ったホテルで見たニュースを憶えている。帝の御孫である
それから万知也の「天才」は、煙のように消えた。相変わらず勉強は出来るが、以前のように神がかってはいない。それでも一度築かれた神童の張りぼては、いまだ有効だった。……ただの張りぼてだ、
自分は天才でも神童でも何でもない。それ以前に、無能だった。真に
俺は肝心なところで逃げた。肝心なところで怖気づいて、何も出来なかった。卑怯で、無能な、臆病者だ。羯諦羯諦、くそったれ!
万知也は山を駆け下りた。神社まで戻ってきて、膝に手をついた。吹き出た額の汗を拭い、顔を上げると、子どもたちが縦に一列になって歩いてきた。前後で手を繋いでいる。やたら両の目の離れた感じのする子どもたちだった。兄弟だろうか、だが多い。
最後の一人が余った片手を上げたかと思うと、飛んできた
「……おいおい、」
何食わぬ態度で真横を通っていった背中を、万知也は呆然と見送った。
● ● ● ● ●
夕飯の芋の煮物を、槙乃は瞼をつむってじっくりと味わった。
「うーん、美味しい。やっぱりおばあ様の作る煮物には叶わないわあ」
「いつ食べてもお祖母様の料理は美味いな」
木綿斗も賛同する。隣りから祖母の絹江が夕飯に食べるようにと、鍋ごと持ってきてくれたのだった。
子芋を甘辛く煮たのは、家族全員が大好きなおかずだった。山のように器に盛っても、あっと云う間に空っぽになる。
「ぬい、これどうしたの?」
槙乃は縫以が膝に置いていたぬいぐるみを取り上げた。
「あ……、」
縫以は箸を落とした。イルカの鰭の片方が取れかかっている。もっとふっくらとしていたはずなのに全体的に萎んでいて、ところどころ汚れてもいた。
「鰭がちぎれそうだな」
木綿斗が眉根を寄せる。縫以は槙乃からぬいぐるみを取り返した。
「だ、大丈夫。すぐになおせるから」
焦った様子で席を立ち、裁縫箱のある自分の部屋へ行こうとする。
「ぬい、まだご飯がたくさん残ってるよ。それとももうごちそう様?」
「あ、ううん……、」
縫以は椅子に坐りなおし、隠すようにイルカを背中に挟んだ。隣席の木綿斗と万知也は密かに目線を交わした。
夕飯が終わると、縫以は自分の部屋へとそそくさと上がってしまった。木綿斗と万知也は二人で後片付けをした。
「ぬいのさ、あれ、誰かにやられたんじゃないかな、」
居間で洗濯物を畳む槙乃に聞こえないように、万知也は小声で喋った。
「やっぱりそう思うか、」
木綿斗も声を潜める。
「ぬいが大事なものを自分で壊すものか」
「同感だな。しかし誰にやられたんだろう。学校の友達かな、」
万知也は鼻に皺を寄せた。「それ、友達じゃないだろ」
そうだなと、木綿斗は苦笑する。万知也は
「ぬいは絶対にそいつの名前を出さないよ」
「そう、判っててやってるんだよ、相手は。卑劣だな」
木綿斗は蛇口を締め、濡れた手を手ぬぐいで拭いた。槙乃は畳んだ洗濯物を
に行ったのか、居間からいなくなっていた。
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