二 の 三

「わがまま。何様のつもり。ちょっとみんなから人気があるからって、良い気になって」


 美蘭乃は顎を上げ、見下げるように万知也を見、「でもそう云うところ、好きだよ」


 鞄を床に置くと、レバーに手をかけた。得意だと表明したとおり、慣れた様子でクレーンを動かす。しかしさすがに一回で成功とはならない。


「縫以ちゃんって、可愛いよね。こないだは何度やっても獲れなかったの。獲れなくてごめんねって謝ったら、ううん、ミラノちゃん頑張ってくれてありがとうって、あたしにジュース奢ってくれたんだ。万知也がべたべたに可愛がるの、判る気がする」


 万知也は黙って追加の硬貨を入れた。クレーンが灰色の猫を摑んで引き上げる。いった、と、美蘭乃が呟く。猫はそのまま取り出し口へと放り込まれた。


「万知也が獲ったってことにしていいよ」


 美蘭乃は誇ったように万知也に猫を渡す。座布団ほどの大きさだった。


「何故だ。獲ったのはお前だろう」


「これであたしに借りが出来たでしょ」


 万知也は美蘭乃に猫を突き返した。


「なら、いらない。お前の弟にでもやれよ」


 美蘭乃は受け取らない。


「あいつなんかに、何もやらない」


「意地悪な姉貴だな」


 瞬間、美蘭乃は凄まじい形相になって万知也を睨めつけた。


「こっちが普通なんだよ」


 喉を潰したような、低い声。ありありと剥き出された敵意に、万知也は瞠目する。


 だが美蘭乃はすぐに例の作り笑顔をかべ、


「縫以ちゃんにあげてね」


 床に置いていた鞄を持ち上げ肩に掛けると、一人でゲームセンターを出ていってしまった。万知也はぬいぐるみを両手で持ち、能天気に笑う猫の顔をじっと見つめた。


 万知也が帰宅すると、縫以は居間で宿題をしていた。テーブルの上にも、縫以のまわりの床にも、ぬいぐるみがいっぱいだ。彼のぬいぐるみに対する愛情は生まれつきのもので、保育園の時分から自ら針と糸を持って制作するほどだった。


 縫以の才能は父上様譲りだと、母の槙乃は云う。何だか繕う為に生まれてきたみたい。一族にとってそれはさいわいであるけれども、当の本人にとってはどうだろう。異界の怪物ばけものと対峙して、最も狙われるのが繕い役だ。繕っている間は実に無防備だし、魂針は皆のものよりずっと小さくろくな武器にならない。


 才が無ければ繕い役は出来ない。だから出生の順番は関係ない。以前は万知也は自分が父の役目を継ぐのだと思っていた。誰より特別な存在は、自分なのだと。


「ただいま」


「まちやくんお帰り」


 縫以はぱっと振り向いてぱっと笑う。本当にこの弟は、秒速で、笑う。


「お土産」


 万知也は猫のぬいぐるみを差し出した。


「これ、欲しかった猫!」


 縫以は猫を抱きしめ、信じられないと云う風に能天気な顔を撫でた。


「どうもありがとう。どうしたの? これ、」


「……俺がクレーンで獲った」


 美蘭乃の名前を口にしたくなくて、結果、嘘をついた。縫以は大きなひとみをそれこそこぼれんばかりに開いて、


「まちやくんが取ったの? こんな大きいのを? すごいね! まちやくんはやっぱりすごいね! でも、どうしてこれがぬいの欲しいのだって判ったの?」


 縫以は小くびを傾げる。万知也は天井の右隅を見る。


「たまたまだよ、たまたま。偶然取れたのが、これだったんだ」


「そっかあ。じゃあ、すごい偶然だったんだね」


 縫以はにこにことして猫をカーペットに置くと、すぐ傍のランドセルを開けた。


「まちやくんにお礼をしようと思ってたら、先にプレゼントが来ちゃった」


「お礼?」


「そう、僕からのお礼」


 小さな紙包みがランドセルから取り出される。貰い物のクッキーの缶の包装紙だった。万知也が開いてみると、ミントのタブレット菓子のケースが入っていた。最も刺激の強いものを、ちゃんと選んでいる。

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