二 の 二

「万知也のクラスの女子って、不細工ぶさいくばっかりだね」


「ついてくるなよ」


「方向一緒だもん。ね、最近うちのクラスの女子の間でもちきりの話してあげようか。すっごく怖いの」


 万知也はわざと素気無く答える。「興味ない」


「どうして。すごい噂だよ。みんな話してるんだから」


 万知也は横目で美蘭乃を見た。二つに結んだ髪は、外国の王妃のように見事に巻かれている。彼女は以前の学校の制服を、転入から一年半経った今でも着ていた。


「お前、クラスの女子とちゃんと会話しているのか、」


 美蘭乃の眦が吊り上がる。


「普通に話してるけど、それが何だって云うの、」


「俺にまでくだらない話をするなってことだよ」


「万知也にとっては、この世界のもの全部、くだらないんだもんね」


 思わず万知也は正面から美蘭乃を見てしまう。美蘭乃は頬のてっぺんを変に持ち上げて、例の作り笑顔をする。どうも思考回路が見えない。相手にしない方が賢明だと、万知也は無言のまま歩いた。


 校舎を出ると、美蘭乃は腕をからませてきた。


「ねえ、ゲーセン行こ」


「行かない」


 ゲームセンターのある商店街は、学校から自宅のさらに先にある。


「どうして。この辺ほかに遊ぶところないじゃない」


 本当につまらないところ、帝都とは大違い。美蘭乃は平然と自分の今暮らす場処を扱き下ろす。万知也は美蘭乃の腕を強めに振り払った。


「お前とは遊ばない。俺は忙しいんだ」


「行こうよ。あたし、ぬいぐるみ獲るの上手いんだ。何でも好きなの獲ってあげる。縫以ちゃんの分まで」


 行こう、と、美蘭乃はまたしても腕をからめてくる。日に日にしつこさが増している。万知也は不承不承、折れた。「判ったから、腕を放せ」


「はあい」


 美蘭乃は甘ったるく返事をして、腕を放した。


 商店街の中にあるゲームセンターには、高校生や幼い孫をつれた老人がちらほらと遊んでいるだけだった。音と照明ばかりが盛況だ。万知也がここへ来るのは久し振りだった。


 美蘭乃は一台のクレーンゲームの前に立った。


縫以ぬいちゃん、この猫のぬいぐるみを欲しがってたんだ」


 ガラスの上から商品のぬいぐるみを指差す。白い猫と黒い猫と灰色の猫があった。万知也にはちっとも可愛いと思えない顔をしているが、縫以の琴線はときどき理解不能だ。きっとぬいぐるみなら、何だって可愛いのだろう。


「何で知ってる、」


「こないだ縫以ちゃんと一緒に来たの」


「どうしてお前と、」


「誘拐」


 美蘭乃は万知也の方に顔を向けた。「しようとしたの。人質にして、万知也に云うこと聞かせようと思って」


 冗談なのか真剣なのか量れない。どちらにせよ縫以をに使われるのは、万知也にとって腹立たしかった。


「何て脅すつもりだったんだ」


「あたしと結婚して」


 機械のけばけばしい照明の為か、美蘭乃の表情はいつにもまして人工的に見えた。


 結婚してとわれたのは、これが初めてではなかった。全くもってどこまで本気なのか、真意は何処どこにあるのか、万知也にはその糸口を摑むことも出来ない。


「莫迦なことを云うな。はとこ同士だろう」


「でも決めたの。法律的には問題ないし、万知也の両親だって一族同士で結婚したんでしょ」


「俺はしない。さっさとぬいぐるみを取れよ」


 不快な話を終わらせたくて、万知也は機械に硬貨を入れる。軽快な音楽が鳴りはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る