《二》

二 の 一

 休み明けの学校と云うものは、きまって気怠けだるい。万知也まちやは机に頬杖をついて、何度も大欠伸あくびをしてしまう。


「万知也君、ガムあげるよ」


 クラスの女子が、横から手を出してくる。


「ああ、うん。サンキュー」


 手のひらにのせられた三粒のガムからは、果物の甘い匂いがした。


「万知也君、私もあげる」


「私も」


 次々と他の女子生徒からも施しを受ける。


「ガム持ってくるのは校則違反だろ」


 勝手に万知也の席のまわりに集まって喋っていたメンバーのうちの一人が、からかうように女子に云う。


うるさい、田畑」


 女子生徒たちは田畑の脛を蹴ると、廊下へ行ってしまった。


「何だ、あいつら。校則違反は事実だろ」


 不服そうに田畑は口元を尖らせる。


「田畑が悪い」「悪いな」


 他のメンバーが笑う。何だよ、と、田畑はさらにむくれた。


「やる」


 万知也は田畑にガムを差し出した。


「何だよ、お情けかよ」田畑は拗ねる。


「俺、今ダイエットしてるんだ」


 万知也は大真面目な顔つきをして、云った。


「万知也がダイエットだって」「ガムって太るのか」「田畑もダイエット中か」「さすがに田畑はダイエットなんかしないろう」と、皆はおかしがる。何だよ、と、云いながら、田畑は結局ガムを受け取って、制服のポケットに入れた。


「そういやすっごく怖い夢の話があるんだけど、」


 いきなり話が変わる田畑に、皆は呆れた。「夢の話かよ」


「ただの夢じゃないんだ。それがさ、もう、めちゃくちゃ怖い夢でさ」


 田畑は一人で興奮する。


「どんな夢?」


「忘れた。兄ちゃんに聞いたんだ」


「兄貴の夢の話かよ」


 始業を告げる鐘が鳴った。皆は億劫そうに自分の席に戻った。先生が来て、授業が始まる。万知也は窓の外を眺めた。美蘭乃みらののクラスが体育の授業をしていた。女子は幾つかのかたまりになって坐っているが、美蘭乃だけがはっきりと離れて孤立していた。


「田畑、何を口に入れているんだ」


 先生の声に振り向くと、田畑が教科書で頭を叩かれる真似をされていた。口から噛んでいたガムがこぼれ落ち、教室中がどっと沸いた。


 迂闊な奴だな、と、万知也は思った。もっと上手くやれよ。胸ポケットからミントのタブレットのケースを取り出して、振った。そっと口に二粒含んで、涼しい顔をして教科書を読む振りをする。


 全ての授業が終わって万知也が帰り支度をしていると、入り口の方から呼ばれた。


「万知也、嫁が来たぞ」


 万知也は眉間を皺めた。入り口の前に美蘭乃が立っている。万知也に向かって、親しげに手を振った。


「だからそのい方をやめろ。あいつははとこだ」


 無意味だと承知しつつ、訂正する。皆はただふざけているだけだ。判っていても、不愉快だった。


「ああ、何で万知也ばっかりなんだ」


 田畑が大仰に嘆く。


「仕方ないよ、万知也なんだから」


「仕方ない仕方ない」


 他の男子がぞんざいに慰める。


「何だよ、それは」


 万知也はうんざりして席を立つ。ひとかたまりになっていた女子の集団が声をかけてくる。


「万知也君、もう帰るの?」


「一緒に喋ろうよ」


 万知也はまたな、と、後ろ手を振って入り口に向かった。


「一組の布目ぬのめ美蘭乃って、万知也君の親戚なの?」


「信じられないよね」


「何であんな子が」


 高い声で喋る女子生徒たちを、美蘭乃はきつい目つきで睨んでいた。いやな目だなと思いながら、万知也はその前を通って廊下に出る。美蘭乃は後ろにひっついてきた。

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