一 の 七

「もうすぐ一周忌だな」


 声音を変えることなく、ごくごく普通に、木綿斗ゆうとった。両家の明かりのおかげで、互いの表情は見えた。


「……ああ」


「まだ昨日のことのみたいだ」


 まるで普段どおりの生活をして、普段どおりの顔をして、けれど心の何処どこかで時間が止まっているのは自分だけではないのだと、万知也は思った。


「ゆうと、本当にぬいで良いのかな、」


 万知也は懸念を口にした。「ぬいはまだ、十歳だ。仕事をするには、早い」


 一族の者が仕事を始めるのは、早くて十二歳からと決まっていた。しかも縫以が負わされる役目は、最も肝心で、最も危険なものだった。亡くなった父からの、引き継ぎだ。


「他に適任がいない。お前だって判っているんだろう、」


 木綿斗の答えは予想どおり最適解だった。やさしくおおどかな兄だが、こうした割り切りは現実的だった。


「俺には繕い役は適さないし、お前が繕い役になると守りが手薄になる。サーラはサーラの役目があるし、伯父上様やシシローは俺以上に不向きだろ」


 母上様は老眼だしなあと、木綿斗は冗談めかして笑う。万知也の方にからだを向けた。


「俺たちが全身全霊でぬいを守る。守りきることだけ考えろ。お前にはそのくらい、朝飯前だろ」


 それが出来なかったから、父上様は死んだのだ。そんなことくらい、この二歳違いの兄だって判っている。判っていて、云うのだ。


「当然だ」


 万知也は昂然と顎と持ち上げて兄を見返した。「俺を誰だと思っている」


 木綿斗はにやりと笑う。虚勢だと、見透かされただろうか。


「神童様さ。我が家のエースだよ、次男坊」


 ああ、全くもって父上様の台詞じゃないかと、万知也は思った。

 

 


 ● ● ● ● ●




 賑々しい鈴の音に、一同は飛び起きた。万知也も縫以の横で、僅かな睡眠が取れた。更紗の元に、手のひら大のぬいぐるみたちが集まっている。十二支の酉の欠けた十一体の使いは、いずれも腹に鈴を仕込んである。何かを伝えたい時だけ、この鈴は鳴る。全て縫以が手作りして、更紗に贈ったものだった。


 皆はぬいぐるみたちの報告を聞く更紗のまわりを囲んだ。他の者たちにはただの鈴音にしか聞こえないけれども、主人である更紗には彼らの言葉が判る。


 更紗はぬいぐるみたちに頷くと、面を上げた。「ほころびの場処が判ったよ。行こう」


「よし、励もう」


 旺史郎の威勢の良い一言を合図に、皆は立ち上がる。


「サーラ、顔色がすぐれないぞ。無理をしているんじゃないのか、」


 兄である獅子郎ししろうが、更紗の額に手を当て発熱を確かめる。


「大丈夫だよ、兄さん」


 万知也たち兄弟から見れば、更紗の顔はいつでも白いし、表情も乏しい。だが獅子郎の更紗への意識は常に過剰だった。異常と云っても良い。


「何か口にした方が良いんじゃないのか、」


 木綿斗も気遣う。更紗はここへ来てから果物しかくちにしていなかった。更紗に倒れられては、困る。


「食べるか、」


 父である旺史郎おうしろうが、横から揚げた鶏の手羽先を差し出す。服のポケットから取り出したように万知也には見えた。肉を苦手とする更紗は、微かに眉をひそめた。


「あまり食べない方が、感覚が鈍らないから」


 そうか、と、旺史郎は自分でその手羽先に囓りついた。父上様やめて下さいと、獅子郎が叱る。


「さらちゃん、」


 縫以が更紗の手を握る。この二人の役目は、どちらも誰も肩代わりの出来ない重要なものだった。縫以は不安なのだろうと、万知也は思った。だがその不安を、兄である自分とは共有しようとはしない。

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