23話 ソシテ神ガカル

《 古城さん 》に手を引かれながら、億劫な気持ちで階段を下りる。

下りきったら、始まるんだ。


【 鬼!百度参り!(御・二百度参り) 】


この階段を二百回も昇り降りするのか…。


考えるだけで気が重い……。

気は重いが……



「だけど…そうだね。ユウの痛みに比べたら、これでも少ない方か」


『 ーー… 』


そうだ。


ユウがあの時、庇ってくれたこと。

ユウが長年支えてくれたこと。

ユウがいつも見守ってくれたこと。

ユウが迷った僕を導いてくれたこと。


それらを思えば、これくらい、なんてことはないはずだ。



ニコリと口元に笑みを浮かべて頷く《 古城さん 》に頷き返すと、僕は今し方下りきった石段を再び見上げる。


門前に篝火を焚いた父さんは、数珠を手に僕を見下ろしている。


いつでも上がってこいと、遠くからでも分かるほどに父さんの気迫めいたものが寺から吹き降ろす風に乗って伝わってきた。



「よし!さぁ、行こう!〈 未練 〉を晴らしに!」


『 ーー…! 』



両頬を叩いて気合いを入れると、階段に足をかけて、ゆっくりと一段一段慎重に上っていく。


上り始めて数分。驚くことにあれだけ上るのに苦労した階段は、気が付けば中ほどまで来ていた。


来た時よりもスムーズに、楽に来れてしまったことに逆に心配になってしまう。



「あ、あれ?」



不思議に思い、辺りを見渡して見れば《 多くの霊たち 》が熱い視線で僕を見つめている。

皆、拳を握りしめて応援してくれているようにすら見えた。



「そうか…。みんな、今回は応援に徹してくれてるんだね」



ありがとう、と心で感謝を告げるとそのまま皆の期待を一身に背負い階段を上り切る。



「着いた…」


「では、そのまままっすぐにお寺に向かい、手を合わせ〈 心から瀬田祐奈さんの無事と発見 〉を祈り、また下に下りなさい」


「う、うん…。本殿の中には入る必要はある?」


「いや、本殿の前でいいよ。本来、本殿の中は神様の御座す場所だからね。特別なことが無い限り、中に入る必要は無い。賢治は本殿の前で合掌、祈願し、一礼して戻ってきなさい。 二礼二拍一礼はお寺ではタブーだからね。気を付けるように。まぁ、寺の子だ。今更説明する必要もないだろう。それに…形式に囚われすぎて肝心の〈祈り〉が疎かになっては本末転倒だしね。今回は、細かいところは目を瞑っておくとしよう」


「う、うん…。じゃあ、おじゃましまーす」


「喝っ!!」


ージャラジャラ…!ぐいっ!


「え?数ゅ…ずぇっ!?」



僕は促されるままに、門をくぐる。

その瞬間、長い数珠が僕の首に引っ掛けられると門の外へと引きずり出された。


何事かと首に数珠をかけた人物を見上げると、目尻を釣り上げた大林漱住職が数珠を握りしめて立っていた。



「山門の前で合掌して一礼し、右足から入る! 敷居は踏まない!」


「こ、細かいところは目を瞑るって言ったぁー!」


「ここは細かくない!寺の子として当然の知識だぞ!」


「く~っ!はいはい!すみませんでした!やり直しますよ!」


「喝っ!心が淀んでいる!そんな気持ちで仏様がお話を聴いてくださるか!一番下からやり直し!」


「なーーーっ!?」



蹴り出されるように、階段へと戻されると数珠を手に漱住職は立ちはだかる。


絶対に入場させまいとする気迫が凄い…。


まるで、不動明王尊がそのままそこに顕現したようにすら見えた。


数年に一度稀にご降臨される超レア〈 激おこ漱さん 〉だ。


彼が現れると、この土地では天変地異の前触れとされるとかなんとか。


ここは怒りを鎮めてもらうために、大人しく従う他ない。



「それとも、御三百度参りに変更して欲しいか?」


「すみませんでしたぁ……」


『はぁ……』



とぼとぼと来た道を戻る。

僕は一体何をさせられるてるんだろう…。


隣の〈 守護霊さん 〉の呆れたようなため息が聞こえた気がして余計に悲しくなった。


一番下まで下りて、再び上り始める。

邪魔が入らないと分かると、先程よりも気を張る心配が無くなったので、少し早めに着いた。



「おかえり。では、中へ」


「お邪魔します」



山門の前で合掌して一礼し、右足から入る。

敷居は踏まない。


しっかりと一つ一つ、動作を確認しながら中へと入る。


本堂へと向かって足を運ぶ。


周りではたくさんの《 霊たち 》が僕を見守っていた。


見守るというより、監視に近い感じだ。

そう思うと、とても居心地が悪い。



「えっと…本殿の前で合掌、祈願、一礼だったよね」


『ーー…… (こくり…)』



隣の《 古城さん 》に作法を確認すると、手を合わせ、本殿の中に見える仏様に向けて、〈 瀬田祐奈の無事な姿で見つかりますように 〉と強くお願いした。


すると…


ー ドンッ!



「え?」


『 ーー…… 』



突然、本殿の中から応えるように太鼓の音が響いた…。

突然のことに驚き目を丸めていると、隣の《 古城さん 》がピッ!と人差し指を立てて、すぐに一礼して踵を返して門へと向かう。



「え?あ、うん」



僕も本殿に向けて、頭を下げると《 古城さん 》の後に続いて門をくぐった。



「あと、百九十九回…」


「う、うん…。ねぇ、父さん。今、中から太鼓の音がしたんだけど」


「中の“樂太鼓”が鳴ったのだろう…。仏様が〈 想い 〉に応えて下さっているんだろうね。仏様のお心遣いだ。ありがたく拝聴なさい」


「あ、うん…」



門前から本殿へ振り返り一礼すると階段を下りる。

再び、階段下からスタートだ。



「よし!二回目!〈 未練 〉を晴らしに行こう!」


ー ズシッ!



不思議な現象に少しふわりと気持ちが舞い上がっていたが、気合いを一段足をかけた瞬間、ずしりと背中に重さを感じた。



「っと!?え?ふ、 古城さん!?」


『 ーー……! 』



ゴーゴー!と背中におぶさったまま、古城さんが階段の先の門前を指さす。


まさか、このまま上れというのか…。



「あ、そうか…。父さんの言っていた“お手伝い”って、このことだったのか…」


『 ーー…!(こくり!) 』



前髪から覗く目がキラキラと輝き、親指を立ててエールを送ってくる。


なんとも素敵な笑顔ですこと…。



「うわぁ……。まさか、これ全員を担ぐことになるの?」



ーオオオォォォ…!



改めて周りを見渡せば、皆が《 古城さん 》と同じように親指を立ててエールを送っていた。


つまり、肯定ということですね。

さ、さすがに全員は推し潰れてしまうのではないだろうか…?



『 ーー… 』


「うんん…そうだね。それくらいのことしないと、〈 ユウの気持ち 〉に見合わないね。古城さん、よろしくお願いします!」


『 ーー…! 』



うん!と強く頷くと、背中に張り付いた女の子を乗せたまま階段を踏みしめる。



「ん……少し不安定かな。転げ落ちないために、しっかりと体重を預けてくれるかな?いつもの肩に乗るような感じじゃなくて、しっかりと背中に乗って欲しい」


『 っ!?ーー…! 』



少し恥ずかしがったが、安全のためと《 古城さん 》は意を決して僕の背中に体重を預けた。


ズシッ!と人ひとりの体重が背中にかかる。

まぁ、生きてる人間よりは大分軽いが、それでもしっかりと《 古城さん 》の存在を感じられるくらいの重さだった。



「(軽いな…。こんな軽い身体で僕のことを護ってくれてたんだね)」


『 ーー…… 』



古城さんと出会ってからも、たくさんの《 人ならざるもの 》と関わって来たが、僕が霊障に悩む頻度は格段に下がっていた。

それもきっと、彼女が側で見守ってガードしてくれていたからに違いない。



「ユウにも助けられたけど、《 古城さん 》にもたくさん助けられたね。本当にありがとう、古城さん。君には感謝してもし足りない」


『っ……!』


ー ギュッ!



僕の言葉に応えるように、背中から回された腕に力が籠る。熱は感じなかったが、背中に預けられた身体はより密着感を持って僕に存在を示した。優しく、包み込むような感覚。


これが“彼女の想いのカタチ”なのだろうか。



「おかえり。では中へ」


「あ……いつの間に…」


『 ーー…… 』



気が付けば、門前まで上りきっていた。

背中を振り返ると、少し俯いた古城さんがノソノソと背中から降りる。


隣に並び、一礼すると先程と同じ所作で中へと入っていった…。


さすがに背中に乗ったまま、仏様の前は失礼ということだろう。


僕も同じく、所作を繰り返して門前を潜り、本殿の前へとたどり着く。



二人で手を合わせ、〈 瀬田祐奈の無事と発見 〉を願うと、再び中から『ドンッ!』と太鼓の音が響いた。


ピッ!と次は二本の指を立てて、古城さんは一礼すると踵を返して門前へと戻る。


なるほど、カウントしてくれてたわけか。



「よし、頑張ろう。ユウのためにも…見守ってくれてる《 古城さん 》のためにも」



決意を新たに、僕は再び門を潜り抜けた。


ーーー

ーー



ー ズシッ!


「ふーっ!しっかり捕まっててね!」


『ーー…!』



下に下りて次は二人かと身構えていたら、隣に古城さんは立ったまま。

代わりに背中に子供がおぶさっていた。


てっきり、一人づつ追加して、最後に全員を乗せて上るのかと構えていただけに少し拍子抜けだったが、普通に考えればありえない話だった。


二百往復の間にとんでもない数の《 霊 》たちを背負うことになるのだから、いくら生前よりも軽いといっても限度はあるだろう。


一人づつ、着実に上へと運ぶ。

そちらの方が余程現実的だった。



「ふぅ…」


「おかえり。今回は比較的早かったね。背負ったのは子供さんだったか」


「うん。事故で亡くなった子。やんちゃだから、背中で暴れて大変だったよ。これでも少し遅かったと思うよ」


「足腰を鍛えるにはちょうどいい相手だね。今度私も乗ってもらおうかな?はは…」


「いや、父さんはなんか怖いから嫌だって…」


『ーー…(こくこく)』


「ガーン…」



ガックリと肩を落としてヘコむ住職さんに苦笑すると、また本殿へと向かう。

今度は僕、古城さん、子どもで三人でお祈りした。



ー ドンッ!



また、太鼓音が響く…。



そうして、僕は一人ひとりを背負って階段を何往復もしていった。


途中で数も分からなくなることが何回もあったが、その度に周りの《 霊たち 》が指で教えてくれた。


次第に疲労も溜まり、時間も深夜を指し始めた頃、僕はいよいよ階段に手をついてしまった。



『ーー…?』


「はぁはぁ……あぁ、ごめん。大丈夫。少し目眩がしただけだよ」



おぶさった男性が心配そうに僕を覗き込む。

階段上では、男性の彼女さんだろう女性がオロオロと慌てた様子でこちらを見ていた。



「はぁはぁ…。二人は浴衣着てるけど、祭りか何か行ってたの?」


『 ーー…(こくり) 』


「そうか…。亡くなったのはデート中だったのかな?いや、人に死んだ理由を聞くのは不敬だね。なんにせよ、死しても二人でいられるなんて幸せだよ。僕はすごく羨ましく思うな」


『 ーー…(こくり)』


「僕もユウとずっと一緒にいられると、不思議とそう感じた時があったんだ。だけど、気が付いたらいなくなっちゃった」


『 ーー… 』


「ユウ…。会いたいよ…ぐすっ…」



大切な人がいなくなって感じる初めての心細さと、体力のキツさも相まって、思わず視界が歪む程に涙が零れる。

大切なものは失って初めて気付くというけど、僕の場合は全てが遅かった。


彼女が《 霊 》になって、さらには《 霊 》になってから消えて初め気付くなんて…鈍感にも程がある…。

もっと早くにユウのことが分かっていれば、今とは違った未来があったかもしれないのに。



『 ーー… 』


ー トントントントン……



慰めてくれているのか、男性は回した腕で僕の胸を優しく叩いた。



「ぐっ……!ごめんね。運ぶよ」



気を取り直して、足に力を込めて立ち上がると階段をゆっくりと上っていく。


「おかえり…。少し疲れてきたかい?」


「言ってもられないよ…。ユウに会って、僕はたくさんのありがとうの気持ちを伝えたいんだ」


「感謝の気持ちを伝えたるだけなら、御仏前でもできるよ?そうではなく、本当に伝えるべきは別の言葉じゃないかな?そんな後悔と懺悔に塗れた感謝の言葉なら贈らない方がマシだよ。次までに考えを改めなさい」


「…うん」



父さんにしては珍しく冷たい言い草だ。

だけど、父さんは御仏前に対してそれが確かに意味のあることだと理解しているはずだ。


こんなことを言う時は、僕が本当に見当違いなことを言って迷っているからだ。

なんとか、その意識から引き離したいから、あえてあんな言い方をしたんだろう。


じゃあ、本当に僕が見つけるべき〈 瀬田祐奈の失踪 〉の答えはなんだ?

それが分かった時に、彼女にかけるべき言葉ってなんだ?


やがて、父さんが僕にこの御百度参りをさせた理由だけを考えるようになっていた。



ー ドンッ!


「もう一度言っておくよ、賢治。今の賢治では、見つけられない。お前は大事なことを忘れている…。を見落としている。それを見つけるまでは、ここから出さないよ?』


ー ドンッ!


残された可能性?なんだろう?まさか、ユウは宇宙人でした…なんて奇想天外な答えじゃないよね?


ー ドンッ!


「宇宙人とはまた、壮大な。確かに、《 霊 》がいるとするなら、宇宙人を否定する根拠もまたないわけだけど、残念ながら今回に関しては宇宙人説は蓋をしておいてほしい。そうではなく、もっとシンプルな答えだ」


ー ドンッ!


シンプルな答え?


ー ドンッ!



「そうだよ。ごくシンプルな答えだ。祐奈さんは失踪し《 魂 》だけは、 賢治の側にいた。ひっくり返して考えてみなさい。《 魂 》だけが側に来て、賢治を見守っているんだ」


ー ドンッ!


《 魂 》だけ?


ー ドンッ!

ー ドンッ!


仮説通りに身体は無事だとしたら…?


ー ドンッ!

ー ドンッ!

ー ドンッ!


それって…つまり…?《 ユウの正体 》は…?


ー ドドドド……ドンッ!!!



「そうか……。そういう事か…」


「二百回目……。ようやく答えは見えたみたいだね。途中、意識もないように、無心で上っては下りていた。まるで…みえたよ」



答えが見えた瞬間、一気に視界が晴れてスッキリとして見えた。


目の前には本殿。周りには僕を見守るたくさんの《 霊たち 》と父さんが立っていた。



「俗にそれを〈 トランス状態 〉。日本では古くから〈 神がかり 〉というね。その状態の時、人は人知を超えたパフォーマンスを発揮できるそうだ。スポーツマンや最近では、eスポーツでもこうした現象が見られる。世界的によく起こる現象だよ」


「そうまでして、僕を極限状態に追い込んで何をさせたいの?この辿り着いた〈 答え 〉に実はとんでもないことがまだ隠れてたりするの?」


「あぁ。そして、お前はその〈 真実 〉に決着をつけなくちゃいけない」


「分かったよ…。僕にしかできないんだね…〈 この眼 〉を持ってる僕にしか」


「あぁ…。私たちでは、〈 彼女 〉を追えないからね。そして、〈 彼女を苦しめてきた存在 〉も。どうか頼む、賢治。彼女と、その家族を助けてほしい」


「分かった……任せて」



父さんの祈るような願いに、強く頷き返すと本殿に向き直る。


手を合わせ、深々と頭を下げると最後に強く強く強く…!〈 瀬田祐奈の無事と発見 〉を仏様に祈った!



ー ドンッ!!



今までよりも一際大きく響いた太鼓の音は、僕らを包み込み境内の空気をより澄み渡らせる。



「みんな……どうかみんなの力を貸して欲しい。ユウを助けたいんだ」


『 ーーー………!! 』



振り返ると、父さんを始め、《 たくさんの霊たち 》が僕を見つめ返し大きく頷く。



「みんなありがとう…。さぁ、行こう!〈 未練 〉を晴らしに!」


ー オオオオオオォォォ………!!



皆、拳を掲げて大声で天に向かって雄叫びをあげると、一陣の風が吹き一斉に姿を消した…。


ー ドンッ…ドドドドドドンッッ……!!!


まるで、僕らを後押しをするように本殿から太鼓の音が境内へと響き渡っていた…。


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